第558号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「データに関する著作権法と不正競争防止法の改正」
コラム第528号の続きとして、最近の知的財産関係の法改正について触れてみる。
まずは、2019年1月から施行されている著作権法の改正から。
今回の改正では、著作権法に「柔軟な権利制限規定」という、それこそ文字どおり何だかフワッとした感じの著作物の使用に関する例外規定が導入された。権利制限規定というのは、私的使用目的の複製に代表されるような著作権者の許諾無くして著作物の使用が許される条件のことを言う。そしてそれが導入された理由は、「デジタル化・ネットワーク化の進展への対応」である。実はこの法改正は、新規の条文を大量に挿入するというよりは、既に複数あった条文を再整理し、条の数を減らし効率よく網羅的に適用できるようにしたものになる。具体的には、以下のような変更/新設が行われた。
・旧30条の4及び47条の7→新30条の4(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)に整理・統合
・旧47条の4、47条の5、47条の8及び47条の9→新47条の4(電子計算機における著作物の利用に付随する利用等)に整理・統合
・旧47条の6→新47条の5(電子計算機による情報処理及びその結果の提供に付随する軽微利用等)に整理・統合
といったものである。
これらはいずれも、大量データの情報解析やAIの深層学習などを行う際にその基データに著作物が含まれている際の権利処理のあり方、つまりは著作権者への許諾が不要である旨を定めた規定であり、デジタル・フォレンジックにも大いに関わる規定となる。特に新30条の4、1項2号には『情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合』と定められていることは大いに注目したい。
次に、不正競争防止法の改正による広義の知的財産の保護について触れてみる。不競法にいわゆるビッグデータを保護するために「限定提供データ」という概念が追加されたことは、第528号にて述べた。この法改正は2019年の7月1日より施行される。その際にスムーズに法が運用されるように経済産業省より「限定提供データに関する指針」が2019年1月に公表された。この指針を基に限定提供データ保護の概要について解説してみたい。
まず、限定提供データの定義は『業として特定の者に提供する情報として電磁的方法により相当量蓄積され、及び管理されている技術上又は営業上の情報(秘密として管理されているものを除く。)」となる(改正後の不競法2条7項)。これより[1]限定提供性、[2]相当蓄積性、[3]電磁的管理性の3つの条件を満たすことが限定提供データとなり得る条件となる。相当蓄積性を満たすデータの具体例としてガイドラインには、
・携帯電話の位置情報を全国エリアで蓄積している事業者が、特定エリア(例:霞ヶ関エリア)単位で抽出し販売している場合、その特定エリア分のデータについても、電磁的方法により蓄積されていることによって取引上の価値を有していると考えられるデータ
・大量に蓄積している過去の気象データから、労力・時間・費用等を投じて台風に関するデータを抽出・解析することで、特定地域の台風に関する傾向をまとめたデータ
等が挙げられている。
電磁的管理性に関してはID/PWや生体認証などで管理されていることが必要になるわけであるが、こちらはむしろ電磁的管理性に該当しない場合を紹介した方がよいであろう。
・DVDで提供されているデータについて、当該データの閲覧はできるが、コピーができないような措置が施されている場合
が該当しない例になる。
参考までに、従来からある「営業秘密」を満たすための三要件は[1]機密管理性、[2]非公知性、[3]有用性であり、特定の外部者に提供するビッグデータを営業秘密として保護することは相応しくなく、それ故、新たに「限定提供データ」という概念を作ったと言ってもよい。
そして、新たなる不正競争行為として、[1]不正取得類型(2条1項11号)、[2]著しい信義則違反類型(2条1項14号)、[3-1]取得時悪意の転得類型(2条1項12号、15号)[3-2]取得時善意の転得類型(2条1項13号、16号)を追加している。不正取得類型は、ほぼ言葉どおりなので説明は割愛させてもらって、信義則違反類型と転得類型について簡単に解説することにした。
著しい信義則違反は条文では『限定提供データを保有する事業者(以下「限定提供データ保有者」という。)からその限定提供データを示された場合において、不正の利益を得る目的で、又はその限定提供データ保有者に損害を加える目的で、その限定提供データを使用する行為(その限定提供データの管理に係る任務に違反して行うものに限る。)又は開示する行為』と記されており、つまりは図利加害目的でデータを使用したり開示したりする場合を指している。そのうちの、使用に関しては「限定提供データの管理に係る任務に違反して行う」場合に限られている。限定提供データの管理に係る任務とは、「限定提供データ保有者から委託を受けて、限定提供データを用いて分析を行う任務」などを指し、これに反して図利加害的な使用をすると信義則違反になる。
最後に転得類型だが、ここではまず法律用語としての悪意・善意の意味を知っておく必要がある。悪意・善意とは「情を知っているか、いないか」ということを言う。つまりは、該当のその限定提供データが不正に取得/開示されたものであることを知っていて、それを取得したり使用したり開示したりすることはもちろん違法行為となり(こちらが悪意)、さらには、自分が取得した後にその限定提供データに対してそれ以前に不正取得/開示が介在したことを知った場合でも、それを開示した場合は違法行為となる(こちらが善意)ということになる。
今回の法改正では刑事罰は設定されていないので刑が課せられることはないが、不正競争行為が成立すれば、当然のことながら民事上の差止請求や損害賠償の請求の対象になるので、その実運用はこのガイドラインに沿って注意して行う必要があると言えよう。
【著作権は、須川氏に属します】