第597号コラム:安冨 潔 会長(京都産業大学 法学部 客員教授、慶應義塾大学 名誉教授、弁護士)
題:「『令和』の新時代~デジタル・フォレンジックへの期待~」

みなさま新しい年を健やかにお迎えのこととお慶び申し上げます。

本年は、夏に、1964年以来56年ぶりとなるわが国でのオリンピック・パラリンピックが開催されることとなっています。

1964年といえば、東海道新幹線が開通した年ですが、当時は、今日のような「サイバー社会」と呼ばれる情報通信技術を利活用した仮想的な空間が観念されるまでの時代ではありませんでした。むろん、サイバーセキュリティという概念もありません。時は流れ、インターネットが社会インフラとして定着し、時間的・空間的制約を取り払い、現実社会の社会経済活動に大きな変革がもたらされました。そして、2020年、オリンピック・パラリンピックという一大イベントが開催されることになりましたが、深刻な事態が生じるサイバー攻撃のおそれが想定され、関係機関はその対処に余念のないところです。

さて、今日の高度な情報通信技術を用いた社会は、「Society 5.0」と呼ばれる「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」へと進展し、IoTが本格化し、AIが深化して、DX(デジタル・トランスフォーメーション)が現実のものとなっていくでしょう。たしかに情報通信技術の発達は、さまざまな利便性を提供し、現実社会において恩恵を与えてくれています。しかしその反面、情報通信技術を意図的に悪意をもって利用し、国家の機能を阻害したり、社会を混乱させたり、個人を傷つけたりする者もいます。

このようにサイバー社会にも「光」と「影」があります。人は現実社会では「光」と「影」を五感の作用で認識することができますが、サイバー社会では「光」と「影」を直接に五感の作用で認識することはできません。

サイバー社会の健全性を確保するためにどのようにすることが必要かは考えていかなければならない課題と思います。

デジタル・フォレンジックは、当初、コンピュータやサーバー上のハードディスク等を対象として、電磁的記録の収集・解析をして証拠とする技術として、利活用されてきました。今でも、デジタル・フォレンジックは、刑事訴訟・民事訴訟だけでなく組織内の違法・不正の解明に利活用されていますが、それだけではありません。ネットワーク上のイベントをキャプチャ、記録、分析するネットワーク・フォレンジックや、携帯端末やスマートフォンのような無線通信機器に対するモバイル・フォレンジック、揮発性のあるメインメモリ上のデータを

ダンプ等を行って解析するメモリー・フォレンジックという対象機器や装置に対するフォレンジックもあります。また、クラウドコンピューティングにおけるクラウド上にあるデータに対するクラウド・フォレンジック、起動中のコンピュータでリアルタイムに情報収集・解析を行うライブ・フォレンジック、インシデントレスポンスや応急な捜査・調査への対応のためのファスト・フォレンジックと運用やフォレンジック手法という観点からのフォレンジックもあります。

デジタル・フォレンジックも、電磁的記録の収集・解析という技術的機能の重要要素は変わらないとしても、時代とともにさまざまな場面で応用が求められています。

安全・安心なサイバー社会の持続的発展にデジタル・フォレンジックがどのように寄与することができるのか、これからもみなさまとともに考えていきたいと思います。

どうぞ本年もデジタル・フォレンジック研究会をよろしくお願いいたします。

【著作権は、安冨氏に属します】