第603号コラム:町村 泰貴 理事(成城大学 法学部 教授)
題:「裁判記録のオープンデータ化?」

オープンデータの推進は、国策として行われている。現政権の体たらくを見ると同じ国の話とは思えないが、平成24年の電子行政オープンデータ戦略では公共データが国民共有の財産であるとの認識が示され、その活用の推進のために官民データ活用推進基本法が平成28年に施行された。

その3条が定めた基本理念には、以下のような8項目が掲げられている。

1 個人及び法人の権利利益を保護しつつ情報の円滑な流通の確保を図る

2 自立的で個性豊かな地域社会の形成、新事業創出、産業発展及び国際競争力の強化

3 官民データ活用による効果的かつ効率的な行政の推進に資する

4 セキュリティとともに、個人及び法人の権利利益、国の安全等を確保する

5 国民の利便性向上分野などの行政分野において、情報通信の技術の更なる活用の促進

6 個人及び法人の権利利益を保護しつつ、個人に関する官民データの適正な活用を図るために必要な基盤の整備

7 官民データ活用主体の連携のため、情報システムに係る規格の整備及び互換性の確保その他の官民データの円滑な流通の確保を図るために必要な基盤の整備

8 官民データの効果的かつ効率的な活用を図るため、AI関連技術、IoT活用関連技術、クラウド・コンピューティング・サービス関連技術その他の先端的な技術の活用を促進

こうした公共データの重要性は、裁判データでも全く同様であり、むしろ司法権の独立を承認するのであれば、より一層、裁判に関するデータの公開が重要となってくる。民主的なコントロールを直接及ぼすことは認められない以上、裁判の内容を公開することにより、批判を通じて間接的なコントロールが必要となるからである。この点は、国民主権主義と司法の独立とを両立させるポイントである。

この目的のためにはさしあたり、判決・決定を含む「裁判」が、オープンデータとして提供されることが必要となる。

現在、裁判所が年間に処理した事件のうち、その処理内容、すなわち判決・決定が公開されるのは、最高裁で2.6%、高裁で11.2%、地裁で5.9%にとどまっている。この数字は、司法統計年報から得た既済事件数で民間データベースのWestlaw Japanに公開されている判決・決定の数を割ったもので、特に最高裁については民事の上告不受理決定が母数に含まれている。しかしその点は割り引くとしても、下級審裁判例などはほとんど公開されていないといってもよい。オープンデータというためには、この公開割合を100%に近づけていく必要がある。

ところで、オープンデータの基本理念にも「個人及び法人の権利利益を保護しつつ」という留保条件が付されているように、裁判例とはいってもプライバシーや営業秘密などを侵害することとなるような公開は許されるべきではない。

しかし、民事訴訟は私人間の法的関係についての判断であり、本来的にプライベートな情報である。また刑事訴訟も被告人として裁かれた人にとっては前科・前歴というもっとも公開されたくない情報である。この点を重く捉えれば、裁判の内容はすべて非公開となりかねないが、それでは裁判の公開原則をないがしろにするものであって、ひいては国民主権主義の否定にも繋がりかねない。

そこで、裁判のオープンデータ化にあたっては、プライバシーや営業秘密への配慮をしつつ、100%に近い公開を行う必要がある。

具体的には、個人を特定できる要素を削除することや広く一般に公開する場合には事案の簡略化などが施されたデータにとどめるということが考えられる。他方個人の特定も可能な生情報は、一定範囲の利用者に限るとすることが考えられるが、範囲を限定することが困難であれば、せめて利用者名を記録に残して利用方法の自制を求めるということもあり得よう。

なお、AIのためのデータとしては、判決・決定だけでは不十分であり、当事者の主張や立証についても、デジタルデータとして必要になるであろう。これは全く別の話である。

【著作権は、町村氏に属します】