第619号コラム: 小向 太郎 理事(中央大学 国際情報学部 教授)
題:「オンライン化と『情報化阻害法制』」

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために、「できることは在宅で」という機運が高まっている。恐らく大学の授業なども、(一時的なものかも知れないが)オンライン化が最もラディカルに進んだ分野のひとつではないか。その一方で、「これはオンライン化できない」と言うものも、結構出てきている。制度の壁のようなものが、オンライン化を阻んでいるという声もある。

実は、私が情報に関する法制度研究で最初に取り組んだのが、「法律が障害になって情報化ができないもの」というテーマだった。1993年ごろから数年かけて、法律や制度が障害になってデジタル化やオンライン化が進まない事例について調査した。1996年3月にOECDのThe Economics of the Information Societyというワークショップが東京で行われ、”Multimedia Application: Regulational Aspects”というタイトルで、この研究について報告したことを懐かしく思い出す。今でも、この問題は、情報法の教科書で「情報化を阻害する法制度」という項目として取り上げている(小向太郎『情報法入門(第5版)デジタル・ネットワークの法律』NTT出版(2020年)60-66頁)。

1990年代前半というと、まだインターネットが広く使われるようになっていない時期である。そのころ取り上げた主なテーマには、遠隔医療、医薬品販売、行政サービス、金融サービス、在宅勤務、公的教育、選挙運動、取締役会といったものがある。デジタル化やオンライン化が法律で制限されているといっても、そもそも、そうした法制度の多くは、インターネットどころかコンピュータ以前の発想で作られている。そして、デジタル化やオンライン化が禁止されているというよりは,対面や書面が義務づけられている場合が多い。この数ヶ月の間に、当時とほとんど同じことが議論されているのは、とても興味深い。ただし、今回問題になっているもので、当時あまり考えていなかったものもある。例えば、国会審議や裁判自体のオンライン化である。これらは、通常時だとそもそもオンラインでやろうという議論が出てこないからだろう。

既存の法律が書面や対面を義務付けているのにも、もちろん理由がある。細かいことを言えば法の目的はさまざまだが、大雑把に言うと書面を義務付けるのは「きちんと証跡を残すため」、対面を義務付けるのは「十分なコミュニケーションを確保するため」である。遠隔医療を例にあげれば、医師が患者を治療する際に、診察を怠ると患者がまともな治療を受けられなくなってしまう恐れがあるので、医師法20条は診察しないで治療することを禁止しており、診察とは原則として対面のことだと考えられてきた。つまり、きちんとした証跡や十分なコミュニケーションが実現できるのであれば、書面をデジタルデータにしたり、対面をオンラインにしても、ほとんどの場合は法の趣旨に反しないし、実際に規制緩和が行われてきた。

書面についていえば、デジタル化に関する法改正が、いくつか行われている。日本の法律では、文書の保存が義務づけられているものが結構ある。法律で文書といえば紙の書面のことだ。コンピュータで処理するためには、法律にデジタル情報でも良いということを規定する必要がある。当初は少しずつ、デジタル化ができるように法整備がされてきた。早い時期にデジタル情報の利用を規定したものとしては、「電子情報処理組織による税関手続の特例等に関する法律」「工業所有権に関する手続等の特例に関する法律」「電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律」「電気通信回線による登記情報の提供に関する法律」等がある。

法律名をみても、こういった法律の規定ひとつひとつを改正していくのは、なかなか大変そうなのが分かるだろう。そこで,IT書面一括法(2000年成立2001年施行)やe-文書法(2004年成立2005年施行)といった、複数の法律の規定をまとめて改正する法律も制定されている。IT書面一括法は、事業者が取引先等に対して「書面交付」を義務付けられている書面等をデジタル情報にしても良いことを明確にするものであり、証券取引法、薬事法、保険業法などの50の法律が対象となっている。e-文書法は、個別の法令で事業者に「書面保存」等を義務づけられているものについて、原則として、デジタル情報による保存を可能にしている。日本の文書に付き物のハンコについても、電子署名法(2000年成立2001年)が認める電子署名がなされていれば、署名・押印文書と同じ効果が裁判上も認められるようになっている(「電磁的記録であって情報を表すために作成されたものは、当該電磁的記録に記録された情報について本人による電子署名が行われているときは,真正に成立したものと推定する(電子署名法第3条)」)。

この数ヶ月の議論で、こうした規制緩和や制度の整備によっても、オンラン化が実際には進んでいない部分があったことが明らかになっている。例えば、ハンコ問題である。在宅勤務をする際に、決裁のハンコをもらわなければならないから出社せざるを得ないという声もあるようだ。社内決裁にハンコが必要というのは、ほとんどが単なる社内規定の問題である。ハンコ無しでも問題にならないように記録を残す運用をすればよい。なんとなく法律の問題だと思っている人もいるようだが、本来は法的な問題とは言えない。

社内決裁はともかく、契約についてはハンコが必要だという意見がある。電子署名法には署名押印と同じ効果が認められているが、法律が想定しているような、当事者が電子署名を取り交わすような形式での利用はあまりされておらず、弁護士等の立会人が電子署名を行う場合が多いため、真正性の推定を受けられないのではないかという指摘もあるようだ(日本経済新聞「電子契約の効力 法的リスクも」2020年5月30日)。ただし、そもそも日本の法律では、契約の成立に書面や署名を要求するものはそれほど多くない。法律上はほとんどが契約当事者の合意だけで成立し、デジタル情報だから裁判上の証拠にならないということもない。真正性の推定があるとは、本人や代理人の署名・押印がある文書は、原則として真正に成立したものと扱われるので有利だということである。裁判官が真正だと認めれば、もちろん通常のデジタル情報でも証拠になる。立会人方式がこの規定の対象にならないとしても、一定の証跡になるから現に使われているのだろう。

ただ、こういった議論から透けて見えるのは、「法的なリスク」を理由に、契約締結についてはそもそもあまりオンライン化やデジタル化を進めていなかったという例が、意外と多いのではないかということである。法的リスクということばは、特に法律の専門家以外には重たく響くため、そこで思考停止してしまうことが多い。もちろん、遵法意識のない企業経営は許されない。しかし、法的リスクも他のリスクと同様に、リスクを完全にゼロにすることはできない面がある。この機会に、オンライン化をどこまで進めるべきかを、それぞれの企業が改めて考えることも重要である。例えば、日常業務上頻繁に行われる契約について、適正なオンライン化の仕組みを整備することは、平時であっても業務の効率化につながるはずである。もちろん、デジタル・フォレンジック技術も、これをサポートするものである。

法律の使い勝手が悪いのであれば法改正を積極的に検討すべきであるが、法的リスクとオンライン化によって得られるメリットをきちんと踏まえて経営判断をする企業が増えなければ、法律だけ変えても利用されない例を増やすことになりかねない。

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