第651号コラム:和田 則仁 理事(慶應義塾大学医学部 外科学 専任講師)
題:「オンライン診療と遠隔医療」
本研究会理事の古川俊治先生と遠隔医療の研究を始めたのは2001年のことでした。当時は動画伝送がISDNから光ファイバー(FTTH)に移行しつつある時期で、またADSLも広く普及してきた時期でブロードバンドという言葉も市民権を得てきており、一般家庭にもインターネットが入り込んできていました。外科医という立場で遠隔手術の研究をしていたのですが、当時の結論としては、無理して遠隔地から手術をするよりは、患者を運んだ方が早いだろうというものでした。当時、厚労省は遠隔医療に対して保守的で、1997年12月24日の厚生省健康政策局長通知、「情報通信機器を用いた診療(いわゆる『遠隔診療』)について」では、「診療は、医師又は歯科医師と患者が直接対面して行われることが基本であり、遠隔診療は、あくまで直接の対面診療を補完するものとして行うべきものである」とされました。具体例として離島、へき地における在宅難病患者や在宅糖尿病患者等が示されるという、限定した応用に限られました。要は、リアルの診察と比べると患者さんから得られる情報が十分とは言えず、安全な医療が提供できない、という正論に反論できなかった、ということでしょう。
その後、スマホが普及し誰しもがネットにつながり、YouTubeなど動画の視聴が一般化すると、医療はどうだ、ということになるのは自然な流れでしょう。しかし2016年、「『電子メール、SNS等の文字及び写真のみによって得られる情報により診察を行うもので、直接の対面診療に代替し得る程度の患者の心身の状況に関する有益な情報を得られないと考えられる場合』また『対面診療を行わず遠隔診療たけで診療を完結させるものである場合』は医師法違反になりうる」との厚生労働省医政局医事課長通知が出され、ネットを介した診療はまだまだという雰囲気でした。しかし、2017年「規制改革実施計画」の閣議決定で、例えばオンライン診察を組み合わせた糖尿病等の生活習慣病患者への効果的な指導・管理などを次期診療報酬改定で評価を行うとされ、2018年4月の診療報酬改定で、オンライン診療が保険収載されるに至りました。保険収載はオンライン診療の後押しとして大きな意義がありましたが、オンライン診療料(70点/月)、オンライン医学管理料(100点/月)、オンライン在宅管理料(100点/月)、遠隔モニタリング加算(150点/月)など、必ずしも十分な点数とは言えず、また算定要件の問題もありオンライン診療が一気に普及するということにはなりませんでした。
しかし2020年3月の新型コロナ感染症の拡大により、感染予防の観点からオンライン診療が注目されることになりました。4月10日には厚生労働省からの事務連絡で「新型コロナウイルス感染症の拡大に際しての電話や情報通信機器を用いた診療等の時限的・特例的な取扱いについて」が発せられ、受診歴のない患者に対しても初診からオンライン診療が可能になるなど、画期的な運用がなされるに至りました。なし崩し的に解禁されたオンライン診療は、実際にやってみると案外大丈夫だなというのが患者、病院の共通した認識でしょう。時限的・特例的という但し書きが付きましたが、ポストコロナにも残る制度への期待は大きいといえましょう。しかし、リアルの診療を代替するものにならないことは明らかであります。以前は、オンライン診療がリアルの診療に遜色ないものであれば医療として認めてあげましょう、という建付けで議論されていたように思います。また僻地・離島やコロナ禍のような特殊な状況は仕方ないから認めましょう、という方向性もありました。しかし、それではいつまでたってもオンライン診療が根付くことはないでしょう。オンライン診療が本領を発揮するのは、僻地・離島や感染予防ではなく、医療の効率化です。いつもの薬を貰いに行くとか、検査の結果を聞きに行くなど、わざわざ病院に出向かなくとも実現できることは、オンライン診療により病院も患者も効率的に医療を実践できます。また多忙でなかなか病院に行けない人に対して医療の機会を提供することにも貢献できるはずです。例えば、最近みぞおちが痛いけれども病院に行く時間がなく何となくだましだましで放置していた、というような場合、オンライン診療では聴診器を当てたりお腹を診察したりすることはできないので、得られる情報には限りがありますが、しかし問診等により必要な検査の予定を組むことはできます。心臓と胃の検査を予約し結果説明と投薬をオンラインでとなれば、仕事への影響を最小限にすることもできるでしょう。病院にとっても効率的に医療を提供できるはずなので、診療報酬を低く抑えることができることも期待できます。特にAIを活用してオンライン診療の一部を自動化すれば、さらにコストは下げられるわけで、そうなれば国民医療費を下げるだけのインパクトも出てくるでしょう。
しかし医療には不確実性があります。遠隔医療により安くサービスを提供できたはいいけれど、限られた情報から出た診断が間違っていて、見落としにより健康被害が出ることもありえるでしょう。そうなれば補償が必要となるわけで、誰がどう償うのかという法的問題になります。そこでデジタルフォレンジックが重要になってきます。一連のデジタル情報を再現しどこに問題があったのかを事後的に検証できることが重要となることは明らかです。そのような技術があってこそ、遠隔医療は健全に普及していくのでしょう。
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