第653号コラム:町村 泰貴 理事(成城大学 法学部 教授)
題:「Clubhouseのリスク考」
日本では事実上今年から参加可能となった新しいSNSであるClubhouseを、私も招待してもらって参加してみた。
他の代表的なSNSが文章表現を中心とし、音声や動画での表現も加わっているのに対して、Clubhouseは音声のみのSNSというコンセプトであり、しかも音声が記録されるわけではなくオンタイムで流されていくだけで蓄積はされないということであるので、利用者は時間的に一つの場(Clubhouseではルームという)にしか参加することができない。これでは情報発信ツールとしても制約があり、情報の受け手の広がりにも限界があって、iOSの利用者しか参加できないこともネックとなり、あまり普及しないのではないかとも思われたのだが、案に相違して、爆発的と言っても良い普及ぶりを見せているようである。
なぜ参加するのかといえば、今のところ、有名人を中心とするおしゃべりグループに参加できるというところに魅力を感じるのであろう。そのほか、新型コロナウィルスの感染拡大で阻害されてしまった各種ミーティングやパネルディスカッションのようなイベントを簡易な形で実施できるというところも長所である。文字通りSNSとして、仲間内のおしゃべりを公開の場で行うということもあれば、ゼミナールのように誰かが発表したことに参加者がツッコミを入れるといった利用もでき、さらには研究学会とかシンポジウムのような場としても使えそうである。
私自身は、民事裁判のIT化について実務家の生の意見を聞いたみたいと思い、ちょうど公開されていた中間試案のたたき台をたたく会と称して、不定期ではあるが、3名のモデレーターと自発的なスピーカーとでルームを開いている。ルーム開催の予定時間や趣旨は、Clubhouseの中でモデレーターとなる参加者のフォロワーになっている人に自動的に通知されるほか、Twitterには通知するボタンがあり、そのほかフェイスブックで告知する人もいる。それらを見て、興味あるルームを見つけた人は、iPhoneなどの端末からアクセスすることが自由にできる。人気のあるルームでは数百人の聴衆を集めているようだが、私自身のルーム参加者は、せいぜい10数名なので、まさしく大学などの研究会のサイズである。
実際、一つのルームにどのくらいの数が参加できるのかはよくわからない(5000人ともいわれる)ところではある。そしてルームの参加者は、同じルームのモデレーターやスピーカーだけでなく、一般の参加者のプロフィールを確認することができ、フォローすることもできるので、少なくともフォローする相手を増やそうと思えば、どんどん増えていく。
このように順調な滑り出しを見せたClubhouseであるが、スタートアップ直後のサービスにありがちなことではあるが、極めて危ない部分が残されているようにも思われる。
サービスの運営主体はアメリカ法人であり、今のところ、規約類も含めて英語によるサービスしか行われておらず、規約上の利用者のビハインドもさることながら、運営主体に対する法的手段の行使も日本の裁判所に国際裁判管轄が認められるかどうかははっきりしない。さらに、SNSにありがちな利用者相互の紛争については、実名を表示して参加している者はともかく、仮名参加しているものは、運営主体が把握している電話番号だけが身元確認の手段となる。運営主体が外国法人ということもあり、発信者情報開示請求も困難が予想される。
それ以前に、音声のみのコミュニケーションから発生した紛争では、その音声でどのような権利侵害が発生したのかを特定しなければならないが、Clubhouseの規約上は録音等を禁止されているので、表面的には立証が困難ということになる。もちろん無断録音する者は少なくないであろうし、また録音がなくとも他の参加者の証言により立証ができる場合もあるが、言った言わないの争いとなった場合に、裁判所がどのような認定をするかは予断を許さないところがある。
加えて、そのような証拠確保が困難な場では、いわゆるSF(催眠)商法と呼ばれる悪質商法の手口を再現することができるのではないかとの危惧もある。現に、Clubhouseで展開されているルームのモデレーターには、投資などを餌にした情報商材で有名な人物が名前を出していたりする。トークのみが展開されるルームの中で、参加者がどのように勧誘されるか、興味を惹かれて加わった一般参加者でも手を上げて発言を求める機能があるが、反対にモデレータから発言を求める機能もある。そうして仮想の壇上に挙げられて親しく言葉をかわした参加者が、心理的に囲い込まれる可能性は容易に想像できる。もちろんこれまでSNSに関連して持ち上がってきた消費者問題は、例えば恋人商法であるとか、サクラサイトへの誘い込みであるとか、マルチ商法であるとか、特に若者をターゲットとするような手口は、Clubhouseで再燃されることが危惧される。
先に書いたように、どこかのルームに参加している人のプロフィールはそのルームに参加した誰でもが閲覧できるし、フォローもできる。フォローした相手がどこかのルームでトークに参加したら通知を受けるという機能すらある。情報商材の世界で有名な人がモデレートしているルームに参加しているということ自体、カモ予備軍のリストということもできそうである。
今のところ、広告も無ければ、ルームを開くことになんらのコストもかからないので、参加者は(私も含めて)無邪気に自由に使えて喜んでいるが、その反面として自分のプロフィールや交友関係を運営主体に差し出していることは否めない。また自分が誰かを招待しようとすれば、自分のiPhoneの連絡先に登録した知り合いの情報も運営主体に差し出さないとならず、いったん差し出した情報を確実に取り戻す術は存在しない。運営主体自身がこれらの個人情報を換価するかもしれないという憶測も成り立つし、膨大な個人情報と相互の人間関係リンクを入手した者がこれを悪用しようとすれば、例えばフィッシングサイトへの釣りに用いたり、標的型攻撃の材料にしたりといったことが可能となるし、ターゲティング・スパムメールの送信に用いたりといったことも考えられそうである。
そのように考えると、友人知人を勧誘するというのは誠にはばかられるところがある。しかし、今は確固たる地位を築くようになったかつてのスタートアップ企業も、当初は怪しい部分を抱えていたものだ。ヤフオクなどは詐欺の巣窟、メルカリは盗品売り捌き場、Zoomもセキュリティがぼろぼろで中国政府の影もちらつくなどといわれていたところから、信頼される存在へと成長してきた。まだ信頼できるとは言えないという向きはあろうが、ともかくも多くの人々が利用する存在となっている。Clubhouseも、音声のみSNSというコンセプト自体は大きな可能性を秘めていそうであるので、危惧される部分を克服して成長する存在となりうるかもしれない。そのように期待したい。
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