第658号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「教育目的と著作権–35条の誤解と保守的考え方–」
今回は教育目的の著作物の利用について少し書いてみたい。これは著作権法の35条に規定してあることなのであるが、実は企業の人だけでなく大学のような機関に所属している人でもこの条文に書いてあることを勘違いしている人が非常に多い。
「新入社員の教育用だから使ってもOKだよね…?」「研究目的だから皆にコピーして配っても大丈夫だよね…?」という会話は産学問わず、かなり多くの職場でなされているのではないだろうか。実はこれ、どちらも間違っている。つまりは違法なのである。著作権法35条の標題は「学校その他の教育機関における複製等」であり、早い話が文部科学省が教育機関と認める所で、さらには”授業”に関する場合に限定されている。塾などは対象外である。条文後段には「著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない」という限定もつく。なので、企業内における新人研修などはその対象ではないし、学内であっても教員同士による自己啓発のため勉強会、学生のサークル活動といったものも含まれない。もちろん学会や研究会活動についても同様である。SNSのタイムライン風に書けば「我々デジタル・フォレンジック研究会にとっては何の恩恵もない条文だよね~!?(笑)」といった感じになる。
ではどのような場合であれば35条に合致するのかについては、『一般社団法人 授業目的公衆送信補償金等管理協会:SARTRAS』という機関のサイトに新しい『改正著作権法第35条運用指針(令和3(2021)年度版)』が公表されているので、教育機関の人はそちらを参考にしていただくと良いであろう。
さて、この「授業目的公衆送信補償金等管理協会:SARTRAS」であるが、これは教育機関におけるネット授業の際の著作権料を円滑に徴収・分配するために設立された機関である。従来の著作権法では、授業の際の著作物の公衆送信(注:複製ではなく)については、主教室で授業を行っている際に離れた場所にある副教室にリアルタイムで流すことしか認められていなかった。つまり、オンデマンド型の授業には35条は適用されず、WebやSNS上にあらかじめ授業に使う他人の著作物たる資料をアップロードしておくことも問題があった。そこで平成30年(2018年)の改正にて、これらをすべて可能にする代わりに教育機関は学生(生徒、児童)1人あたり数百円の補償金を支払い、それを権利者団体に分配することにする法改正がなされた。その為の組織がSARTRASである。この改正35条は本来であれば今年(2021年)の4月から施行される予定であったが、コロナCOVID-19の流行により2020年4月末から前倒しで施行されている。ただし昨年の施行時には補償金の支払いに関しては1年間凍結され、教育機関が補償金を支払うのはこの2021年度4月からとされた。来年度以降、オンデマンド授業を行ったり、ネット上にて著作物を教材配布する教育機関の設置者は、大学では学生1人当たり720円、高校では生徒1人当たり420円を支払わなければならない。
さてこの事は教育に携わる者としては、従来できなかったことができるようになり、グレーゾーンとして合法か違法か曖昧だった所がはっきりとしたため、非常に喜ばしい。しかしながら、「デジタル・フォレンジック」や「記録」ということに関わる者としては本当に手放しで喜んで良いことなのかと考えてしまう。
今日の技術ではデジタル・コンテンツに関しては、その使用状況を完全に1対1で把握することが可能なのである。そんな時代に、包括的に「学生(生徒、児童)”1人当たり”いくら払う」であるとか、使用対価ではなく「これで手を打って下さいという趣旨の”補償金”」という形での権利者側とユーザー側の合意形成というものが果たしてベストの選択なのかを、ICTに関わる我々はもう一度、自問自答してみる必要があるのではないだろうか。補償金はサブスクリプション契約とは違う。サブスクリプションはあくまで使用することに対する対価支払を定額にしただけであることに注意が必要である。繰り返しではあるが、そもそも35条は学会や研究会活動などはその対象外である。文科省認定の教育現場であろうとなかろうと、アカデミックな場での使用に関しては1対1の都度課金で且つディスカウント料金で気兼ねなくデジタルコンテンツを使える仕組みというものがあっても良いのではなかろうか。
【著作権は、須川氏に属します】