第669号コラム:小向 太郎 理事(中央大学 国際情報学部 教授)
題:「デジタル改革関連法とデジタル手続の推進」

新型コロナウイルスの影響が長期化したことで、我が国のデジタル化やオンライン化の遅れが注目されている。菅政権は、社会のデジタル化推進を政府の重要課題の一つとして位置づけており、2021年5月には「デジタル改革関連法」が成立し、2021年9月にはデジタル庁が設置される。

ところで、コンピュータ処理を推進する政策は、実はかなり昔からある。例えば、1970年にはすでに、「情報処理の促進に関する法律」が成立している。情報化を推進する政策には、技術開発・標準化・情報化基盤構築などの振興政策とともに、情報化の障害となっている法規制の規制緩和がある。

日本の法律には、「書面」や「対面」が、義務づけられているものが結構多かった。法律で書面といえば紙の文書であり、対面といえばリアルに向かい合うことである。コンピュータで処理するためには、こうした書面がデジタル情報でもよいということや、対面がオンラインでもよいということを、法律に規定する必要がある。当初は個別の法律ごとに、デジタル化ができるように法改正がされてきた。しかし、これがなかなか大変なので、複数の法律の規定をまとめて改正する法律も、制定されている。こうした包括法には、次のようなものがある。

【IT書面一括法(2001年施行)】
事業者が取引先等に対して「書面交付」を義務付けられている書面等をデジタル情報にしても良いことを明確にしている。証券取引法、薬事法、保険業法などの50の法律が対象となっている。

【e-文書法(2005年施行)】
e文書法は、個別の法令で事業者に「書面保存」等を義務づけられているものについて、原則として、デジタル情報による保存を可能にすることを定めている。

【デジタル手続法(2019年施行)】
「デジタルファースト」等の原則を掲げ、①行政のデジタル化に関する基本原則及び行政手続の原則オンライン化のために必要な事項を定め、②行政のデジタル化を推進するための個別分野における各種施策を講ずることを目的としている。

なお、今回のデジタル改革関連法でも、「デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律」に、押印・書面手続を見直すために押印・書面交付等を求める手続きを定めている48の法律の改正が盛り込まれている。

こうしてみると、デジタル化の障害となる法令の見直しにも、だいぶ前から取り組んでいることがわかる。それでもなかなか進まないのは、個別の場面で「デジタル化にそぐわない」と判断されているものが残っているからである。この「デジタル化にそぐわない」という理由にも、大きく分けて次の二種類のものがある。

①デジタル化すると書面や対面を義務付けている趣旨が損なわれる
②業務がデジタル化に適したものになっていないため、デジタル化すると支障が生じる

まず、「①デジタル化すると書面や対面を義務付けている趣旨が損なわれる」という理由について考えてみよう。既存の法律が書面や対面を義務付けているのにも、もちろん理由がある。具体的な法の目的はさまざまだが、書面を義務付けるのは「きちんと証跡を残すため」、対面を義務付けるのは「十分なコミュニケーションを確保するため」であることが多い。さらに、書面への記名押印や署名を求めることが、慎重な判断につながることや、詐欺的な行為の抑止になることなども、指摘されている。たとえば、国会に提出されている特定商取引法・預託法の改正法案(2021年6月8日現在)では、書面交付義務の電子化を認める内容になっており、これに対しては、書面を求めることによる「告知・警告機能を大きく損なうもの」だとして、日弁連から反対の意見書が提出されている(日本弁護士連合会「特定商取引法及び特定商品預託法の書面交付義務の電子化に反対する意見書」2021年2月18日)。確かに、書面というハードルがなくなることで、詐欺的な商法がやりやすくなることは間違いがない。消費者に慎重な判断を促すような代替措置が難しいのであれば、書面の義務付けを維持するべきであろう。

次に「②業務がデジタル化に適したものになっていないためデジタル化すると支障が生じる」という理由はどうだろうか。2021年6月に政府の規制改革推進会議が、行政手続きの98%を2025年までにオンラン化する目標を掲げる答申を首相に提出している(日経新聞「行政手続き98%デジタル」2021年6月2日朝刊)。かなり踏み込んだ提案だが、行政機関の手続きについては、単にデジタルでできるようにするだけでなく、業務全体をデジタル化に適したものに変えていくことが重要である。そうでないと、単に手続が複雑化したり、使いにくいオンラインサービスができたりしてしまう。業務のあり方を見直すことで、今回は対象外となった432種類のなかからも、さらにデジタル化が可能になる業務が出てくるはずである。

書面や対面を義務付けている法律のうち、問題なくデジタル化できるものについては、かなり法改正が進んでいる。今後さらに、デジタル化やオンライン化を進めていくためには、デジタル化によってどのような弊害が懸念されるのかを、個別に検討する必要がある。そもそも、書面や対面がなぜ必要だと考えられていたのかを、事案ごとによく考えて、できるだけ安全かつ効果的にデジタル化を推進していく必要がある。

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