松本 隆 理事 (株式会社ディー・エヌ・エー システム本部 セキュリティ部)
題:「2021年の偽造業者」

 今年3月に発覚した全日本私立幼稚園連合会の事案では、およそ4億円の使途不明金のつじつまを合わせるために、前会長や元事務局長らが関与して、実際にはほぼ無くなっていた残高を大幅に水増しした複数の銀行口座の通帳を偽造していた。横領や使い込みを隠ぺいするために、切羽詰まった犯罪者が偽造業者(代書屋/道具屋)に通帳や残高証明の偽造を依頼することは珍しいことではない。

 偽造された通帳を入手したメディアは、こぞって問題の画像を報道した。偽造通帳は利息や振込手数料なども記載され、真正なものを装っていたが、改めて真正なものと見比べると、漢字や数字などの印字のフォントや記号の大きさなどが微妙に異なっていた。拡大された比較画像を観たであろうネット住民からは「杜撰である」「素人仕事だ」などといったコメントが寄せられたが、私はそうは思わなかった。話を聞く限り、昔ながらの偽造業者の丁寧な仕事だ。事件の先入観を持った人間が、フォントのみを拡大された画像で、真正なものと比較すると違和感を感じるかもしれないが、実際に通帳を手に取ってみれば、それほど大きな違和感を感じないのではないか。監査会で不自然さが指摘されたのも、そもそも横領の疑いが大きくなった段階のことだ。

 注目すべきは偽造通帳の作り方だ。報道によると「いままでの口座と同じ銀行で新しい通帳を作り、印字のフォントをまねた上で通帳の白紙のページに虚偽の残高や利息などを打ち込んだ。そしてもともとの通帳の一部のページを差し替え、機械を使って縫い合わせる手口で通帳の原本を偽造した」とある。まさにこの手法が丁寧な仕事を物語っている。

 偽造業者が仕事をするためには、次の2点が極めて重要だ。

  ①偽造する原本を入手すること

  ②同じ用紙を入手すること

 「①偽造する原本を入手すること」に関してだが、まともな偽造業者であれば、依頼者に偽造する書類の原本を求めることが多い。これは書類のフォーマットやフォントを可能な限り再現するためだ。過去の事例では、銀行で実際に利用しているタイプライターを仕入れて印字を完全に一致させたケースもある。

 「②同じ用紙を入手すること」では、可能であれば印刷業者に特注し偽造する書類と同じ用紙を仕入れる。今回は業者が同じ紙を仕入れることができなかったので、銀行で新規口座開設して通帳を作り、原本と練習用の紙として入手したのだろう。業者はおそらく何度か本物の用紙に印刷して調整をしたのちに、偽装元の通帳のページを差し替え、機械を使って縫い合わせた。これは専用の設備や手間が必要な、プロの仕事だと思う。

 2021年は新型コロナの影響により、店頭で買い物をする機会が減った。クレジットカードの不正利用の世界では、偽造クレカの悪用が激減し、かわりにネットショップで悪用可能な番号盗用が盛んだ。それでは本人確認書類や残高証明書などの偽造ビジネスはどうか。業界を見ていると、データ納品も一定の需要はあるが、昔ながらの物理納品業者が盛り返してきているのではないかと思う。その理由のひとつがeKYC需要だ。

 金融庁が公開している金融機関向けのeKYCに関するQ&A※において、取り扱う本人確認書類の画像は「氏名、住居及び生年月日並びに本人確認書類の『厚みその他の特徴』を確認できるもの」と明記されている。本人確認書類の外形、構造、機能等の特徴から本人確認書類の真正性の確認する要素のひとつとして、厚みをチェックすることが推奨されている。犯罪者は、不正行為による利益を得やすい金融サービスのeKYCを突破するために、データで納品される商品以上に、「厚み」を提供可能な物理納品に高い価値をつけるというわけだ。

 時代の変遷により偽造業者のビジネスも変革しつつある。物理納品の偽造業者は、利用者が身分や経歴を偽るため、昔から多様な商品を取り扱ってきた。最近では「マイナンバー※※」を追加している。さらに、いくつかの偽造業者は、ブランドのコピー品ビジネスにも関わっているのではないかという疑念がある。いつか機会があれば、このあたりにも触れてみたい。

※犯罪収益移転防止法におけるオンラインで完結可能な本人確認方法に関する金融機関向けQ&A

※※物理納品業者のため、おそらく「マイナンバーカード」もしくは「通知カード」だと思われる

【著作権は、松本氏に属します】