第677号コラム:尾崎 愛美 幹事(杏林大学 総合政策学部 専任講師)
題:「顔認証技術の規制に関する最新動向」

 近年、欧米では顔認証技術に対する規制の動きが加速している。

 特に、大手IT企業を擁する米国は、顔認証技術の研究開発においても世界をリードしており、比較的早い段階から顔認証技術が社会にもたらす影響に関する研究が進められてきた。これらの研究報告を通じて、顔認証システムには監視社会化や構造的差別を強化するリスクがあるとの懸念が提示され、人権保護団体を中心に、顔認証技術を開発する民間企業や同技術を採用した公共機関に対して使用禁止を求める運動が活発に行われることとなった。2019年から2020年にかけて各地で制定された条例の制定過程をみると、この運動の影響を受けたものが散見される。(なお、これまでの条例・州法の制定状況については、「犯罪捜査を目的とした顔認証技術の利用に対する法的規制のあり方-米国の議論を参考に-」情報ネットワーク・ローレビュー19巻30-46頁等でも論じているので、ご参照いただければ幸いである。)

 さらに、2020年5月に発生した、アフリカ系アメリカ人男性ジョージ・フロイド氏が白人警官に首を圧迫されて死亡した事件を契機とする、人種差別に対する抗議行動(「Black Lives Matter運動」)以降は、顔認証技術規制法の制定に向けた取組みが急速に広がりつつある。

 たとえば、ニューヨーク州では、2020年12月、公立学校と私立学校の双方で顔認証技術の使用が一時的に禁止される法律が制定された。2021年7月には、ニューヨーク市行政法に「生体識別情報」に関する章が追加されている(いわゆる「生体情報プライバシー法」)。この法律は、商業施設が消費者の生体識別情報(顔情報も含まれる)を収集、保持、変換、保管または共有するにあたり、施設の全ての入口に、消費者の生体識別情報が収集、保持、変換、保管または共有されていることを、規則で定められた形式及び方法で、明確かつわかりやすい形で表示することを求めるものである。また、生体識別情報の販売・共有等も違法とされる。

 2021年4月、バージニア州では、地元の法執行機関や大学警察に対して顔認証技術の使用を制限する法律が制定された。この法律は、法執行機関に対して、法令によって明示的に許可された場合を除いて顔認証技術を購入ないし導入することを禁止するものであり、購入ないし導入された顔認証技術は法執行機関によって独占的に管理・維持される。また、顔認証技術の使用を通じて取得されたデータについては令状によってのみアクセスが可能となる。

 2021年5月、マサチューセッツ州では、捜査機関による顔認証技術の利用に制限を設ける法律が制定された。これにより、捜査機関が、顔写真と州警察・陸運局(Registry of Motor Vehicle, RMV)・連邦捜査局(Federal Bureau of  Investigation, FBI)のデータベースとの照合を行う際に裁判所命令を要求されることになった。

 また、全米州議会議員連盟(National Conference of State Legislatures, NCSL)によれば、カリフォルニア州、ニューハンプシャー州、オレゴン州では、顔認証技術を搭載したボディカメラの使用に制限が設けられているという。

 他方、連邦法レベルでは複数の法案が提出されているものの、未だ成立には至っていない。なお、連邦法案の内、顔認証技術を搭載したボディカメラの使用禁止を求める法案(「警察の活動におけるジョージ・フロイド正義法(George Floyd Justice in Policing Act)」)については、既に下院で可決されている。

 EUでは、2021年4月、顔認証を含めたAI技術全般に関する「規則案」が公表された。この規制案は、法執行目的での公共空間でのライブ顔認証を原則として禁止するものであるが、行方不明の児童の捜索、差し迫ったテロの脅威の防止、重大な犯罪の被疑者の検挙等、例外的な場合には使用が認められる。世界の個人情報保護のあり方に強い影響を与えたGDPR同様、今回の規則案は、世界各国のAI政策に「転換」を迫る契機となる可能性がある。

 欧米において顔認証技術の規制に対する関心が高まりをみせる一方、わが国の状況は一部のユースケースについて政府系ガイドライン(「空港での顔認証技術を活用したOne IDサービスにおける個人データの取扱いに関するガイドブック」等)が策定されるにとどまっており、各国の動きに「出遅れた」感は否めない。この点、ニューヨーク大学の研究機関であるAI Now Instituteの報告書(「Regulating Biometrics: Global approaches and urgent questions」)によれば、「近時の法案では、従来のデータのプライバシーやセキュリティに関する問題に加えて、これらのシステムをどのように使用するか、また、これらのシステムが毀損した場合に誰が責任を負うのかといったアカウンタビリティに関する問題が取り上げられており、『データ』から『システム』に焦点が移りつつある」という。すなわち、顔認証技術の法規制を検討するにあたっては、システム全体に対する包括的な目線が重要となってくるのである。ここにおいて、「技術、法制度、監査等を包括的な視点な視点から成る総合的システム」であるデジタル・フォレンジックとの親和性が見えてくる。今後、わが国において、顔認証技術に関する法規制が整備されるにあたり、デジタル・フォレンジックは大きな役割を果たすのではないかと思われる次第である。

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