第703号コラム:和田 則仁 理事(湘南慶育病院 外科 部長)
題:「スタンダード・プリコーション」
国内で、新型コロナウイルスの変異株の一つであるオミクロン株の初の市中感染が報告されたのが2021年12月22日です。1か月後の1月22日には国内の新規感染者数は54,570人と、これまでにないペースで爆発的に患者数が増加しています。無症状の感染者と接触してしまうことで、家庭内や職場、学校などで次々と感染が広まっていくようです。感染力が強いと表現されていますが、ウイルスを含んだ飛沫や、ウイルスで汚染された手指が口に触れるなどして感染するという基本は変わらないと考えられます。ただしウイルスを輩出している人が誰かわからない、そしてウイルスを輩出している人が周囲に案外たくさんいるということが問題のようです。それでも感染したくない、という場合に役立つのがスタンダード・プリコーションという考え方です。
スタンダード・プリコーション(standard precautions)は、標準予防策と訳され、主として医療の現場で感染予防の基本的な原則として広く普及しています。おそらく医療従事者であれば必ず知っているキーワードでしょう。昔々、私が学生のころは、感染症の患者さんに対してのみ手袋やマスクなどをするということが一般的でしたが、それでは患者さんから医療従事者への感染、あるいは医療従事者を媒介した患者さんから患者さんへの感染が防ぎえないということがはっきりしてきました。そこで、目の前のすべての患者さんが感染していても大丈夫なようにしましょう、というのがスタンダード・プリコーションです。当然、コストと手間がかかるのですが、感染を防ぐためにはやむを得ない代償です。
私はオミクロン株が注目されてきたころに、JINSで飛沫対策メガネを購入してきました。さすがに電車内でフェイスシールドをしている人はいませんので、メガネなら目立つことなく飛沫から目を守ることができるからです。これはフェイスシールドよりも快適で、病院での勤務中ずっとかけていてもさほど負担にはなりません。現在、勤務している病院ではN95マスクを常時着用することになっていますが、そのちょっと前から自主的にN95マスクと飛沫対策メガネを通勤中も含めて着用していました。このN95マスクとフェイスシールド着用は、ちょっと前までは新型コロナウイルス感染者あるいはその疑いの人と接触するときに必要な装備でした。しかし、これだけ感染者が増えてくると、誰が感染者かわかりませんので、目の前の人すべてが感染者でも大丈夫なように、スタンダード・プリコーションすることで、感染のリスクをかなり下げることができるはずです。ちなみに手指消毒に関しては、腰に40mLの小さな速乾性アルコール手指消毒液のボトルをぶら下げて、いつでも手指消毒できるようにもしています。幸い、オミクロン株感染者との接触は何度かありましたが、感染することなく今日まできています。
さて、このスタンダード・プリコーションの概念ですが、情報セキュリティーの分野でも役立つのではないでしょうか。情報資産のリスクアセスメントを行い、対処する優先順位を決めて、メリハリをつけた対策をとるのが基本だと思います。その方が効率的だといえましょう。しかしリスク状態は絶えず変化しているでしょうし、PDCAを回すサイクルの時間が、変化に対応できない可能性もあります。だとすれば、コストや手間は増大しますが、スタンダード・プリコーションを行うことでより堅牢なシステムを構築できると言えるかもしれません。特に要配慮個人情報を取り扱う場合には考慮しなければならないでしょう。しかしながら、医療情報システム(電子カルテ)は、素手で感染患者に触っているぐらい甘々な構成になっていて、2021年12月16日にIDFと医療ISACと共催で行った講演会で提起したランサムの問題も根が深いと言えましょう。PPEに投資するのと同様に、医療情報システムの感染対策にも投資する必要がありそうです。
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