第710号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「道路交通法・道路運送車両法からみた自動運転」

自動運転やAI自動車についての話は日毎に増えている。実はこれは『官民ITS構想・ロードマップ』や『自動運転に係る制度整備大綱』などで東京オリンピックに併せて日本の技術力を見せるために国策として運用のロードマップが組まれたことが大きい。これらのロードマップでは多少の焦燥感はあるものの、少しずつ技術水準を上げて順に実用化していくプランとなっている。むろん法律のほうも当然にそうなっているのであるが、残念ながら自動運転の法律に関する興味は皆が「トロッコ問題」に集中しているのが実状である。

トロッコ問題については検索すれば多くの情報が出てくるので詳細は省略するが、簡単に言えば、「右にハンドルを切ったら同乗者が死亡し、左にハンドルを切ったら歩行者が死亡するような場合にどうするか?」という仮想問題である。自動運転には避けては通れない話で様々な議論がなされている。ただしここで注意しなければならないことは、このような問題が現実になるのはまだ少し先の話で現在の自動運転の話ではないことである。しかしながら、これを来年くらいに発売される車に絡めて議論している場合が偶に見受けられる。なぜならば、現行車のセンサーはせいぜい数十メートルの探知距離しかなく、実際には10数メートル先くらいでしか反応しないようになっている。なので、人間の視覚とそれほどの差はなく、前方に人や物を探知してもフル制動をかけるのが精一杯だからである。トロッコ問題が現実の問題になる水準の自動運転を実現するためには、一台の車のセンサーや情報だけではなく、前方を走っている車からの情報や道路などに埋め込まれたセンサーからの情報なども使う必要があると考えられる。そうすると車両間通信が行われたり、その空間の交通情報を管理するサーバーのようなものの存在が必要となるわけで、トロッコ問題とはまったく別な法律問題が発生することになる。こちら側の法律問題はまだあまり議論がされておらず、この点の検討も大いに必要だと思われる。

そのようなわけで、今回は自動運転に関する現在の法律がどうなっているのかについて簡単に紹介したい。自動運転の技術がSAE(アメリカ自動車技術協会)レベル0~5に分類されることは広く知られているが、現在の国内法はレベル3を前提に制定されている。というよりレベル3の車が道路を走れるようにオリンピック前に法改正を行ったと言うほうが正しい。2019年5月に公布され、2020年4月から施行された道路交通法と道路運送車両法がそれに当たる。

さて、この2019年改正道路交通法であるが、まず「自働運行装置」を用いる場合も法律上の「運転」という行為に含まれることが明記された(道路交通法第二条一項十七号)。

その「自働運行装置」については、そこには、『「自動運行装置」とは、プログラム(中略)により自動的に自動車を運行させるために必要な、自動車の運行時の状態及び周囲の状況を検知するためのセンサー並びに当該センサーから送信された情報を処理するための電子計算機及びプログラムを主たる構成要素とする装置であって、当該装置ごとに国土交通大臣が付する条件で使用される場合において、自動車を運行する者の操縦に係る認知、予測、判断及び操作に係る能力の全部を代替する機能を有し、かつ、当該機能の作動状態の確認に必要な情報を記録するための装置を備えるものをいう。』とある。

つまり、自動運転”装置”とあるように、自動運転は法律上は、機能というよりはむしろエンジン、ブレーキ、ヘッドライト、ウインカーなどと同じ装置としてカテゴライズされているということである。事実、前述の道路運送車両法41条の1項は自動車の各種装置の種類を規定したものであり、原動機、制動装置、前照灯等の各種灯火、方向指示器などの機器と同一の並びの内に二十号として最後に自働運行装置が追記されている。このことは、車の整備や改造といった際にも、これらの装置と同様な法の扱いを受けるということになる。すなわち、勝手な改造は禁止され、もし行う場合は国交大臣への許可や届出が必要ということになる。

デジタル・フォレンジックとの関係では、道交法の第六十三条の二の二において、自働運行装置を付けた車・使用者にはその作動を記録する装置(ドライブレコーダの映像やシステムログの保存)の設置、保存が義務づけられている点があげられる。保存期間は、政令で6ヶ月と定められた。この6ヶ月の保存義務を実際にどのように担保するのかは(特に輸入車の場合は)興味深い。なぜならば本条に違反した場合の罰則規定まで定められているからである。三月以下の懲役又は五万円以下の罰金となる(第百十九条第一項第七号の二)。違反者が法人である場合には、法人に対しても適用される(第百二十三条)。

ちなみに、この自働運行装置のプログラムを書き換えることは、道路車両法第九十九条の三により改造にあたる。

最後に、この2022年3月4日に閣議決定した道路交通法の改正案について紹介したい。順調に行けば今期国会にて成立し、その後一年以内に施行される予定である。この改正案では、ずばりレベル4自動運転が解禁されている。過疎地などでの自動運転バスやタクシーのようなものの運行を想定している。これを「特定自動運行」という新しい法律用語で定義付けし、許可制としているところが特筆すべきことになる。更に、運行業務の遠隔監視をする者として「特定自動運行主任者」を置くことが定められている。この辺りについては、事故時の責任問題を論じる際に記録の解析などでデジタル・フォレンジックが関わることが出てくるであろう。なお、この改正法案では運転免許証とマイナンバーカードの一体化についても規定されていることを補足しておきたい。

参考文献:拙稿「自動運転の法律問題」,『情報処理』Vol.63 No.1
「自動運転を見越した法律と責任論の考察1」,『情報処理学会研究報告』
Vol.2022-EIP-95 No.17

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