第750号コラム 湯浅 墾道(明治大学公共政策大学院 ガバナンス研究科 教授、IDF副会長)
題:「新・安保3文書と法的課題」

2022年の年の暮れに、デジタル・フォレンジックにも関係する大きなニュースが飛び込んできた。いわゆる安全保障戦略3文書の改訂である。

令和4年12月16日、国家安全保障会議及び閣議において、国家安全保障に関する新たな基本方針である「国家安全保障戦略」等が改正された。このうち国家安全保障戦略については、平成25年12月16日に決定されたものを約10年ぶりに改正し、戦後一貫して憲法第9条の下では保有しないとしてきた反撃能力について保有を明示するなど、日本の安全保障政策を大きく転換させるものである。

このこと自体も大きな法的課題であるが、デジタル・フォレンジックに関係する部分について簡単にコメントしてみたい。

現時点では法律上、明確な定義があるわけではなく、その含意もさまざまではあるが、一般に「アクティブ・サイバーディフェンス(Active Cyber Defense = ACD)」と呼ばれているものについては、国家安全保障戦略の下の「国家防衛戦略」で反撃能力について言及しており、サイバー分野においてもそれは否定されていない。

ACDは、無関係の第三者に対して被害を与える危険性があるため、アトリビューションが不可欠であると考えられるが、アトリビューションの際には日本国憲法と電気通信事業法が定める通信の秘密に抵触する可能性があることは以前から指摘されている。さらにアトリビューションの結果判明したサイバー攻撃を阻止するため、特定の通信を遮断することは、憲法が禁止する検閲に該当する恐れがある。またアトリビューションには国内のISPが保有する情報を利活用するとしているが、これについても電気通信事業法の規定との抵触の恐れをどのように解決するかが問題となる。国内と断っているところからは、海外のISPのログ情報などは利用できないと判断したとみられるが、海外のサーバや海外事業者のクラウドに関連する情報はどのように考えるべきであろうか。

相手方のサイバー攻撃に対して「反撃」する場合、相手方のネットワークやサーバへの承諾のない侵入、攻撃能力を無力化するためのマルウェア(コンピューターウィルス)の作成・送信や実行、相手方のプログラムの消去や改ざん等を伴う可能性がある。しかしこれらの行為は不正アクセス禁止法や刑法等の国内法上では犯罪とされており、自衛隊が行う場合については正当業務行為として合法とすることについては、自衛隊法、刑法、国民防護法その他の法令の条文では明文化されていない。

「反撃」するためのさまざまな技術的手法やプログラム、またはそれを実行するために使用するパソコン等は、「武器」に該当するのかどうかも不明確である。自衛隊員は武器を携行して使用することが法的に認められている。しかし、サイバーの場合の武器該当性は現行の法の条文から解釈するだけで導き出すことができるのかどうかは疑問である。

また通信線その他の通信ネットワークを利用することについては、自衛隊法121条が「自衛隊の所有し、又は使用する武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物を損壊し、又は傷害した者は、五年以下の懲役又は五万円以下の罰金に処する。」と規定することとの関係も問われる。しかし、通信線その他の通信ネットワークはが「防衛の用に供する物」に該当するのかどうかは不明確であり、参考となるのは昭和42年の「恵庭事件」札幌地方裁判所判決(昭和42年3月29日)である。恵庭事件判決では、自衛隊演習場の通信線を切断したとして121条違反に問われた件で、通信回線は「その他の防衛の用に供する物」に該当しないと判断し、被告人は無罪と判決している。この判旨に徴するかぎりでは、通信線その他の通信ネットワークの「防衛の用に供する物」該当性は、むしろ否定的というべきであろう。

その他、多くの課題が発生すると考えられるが、これらの課題について自衛隊法を改正するのか、現行法の解釈により解決するのか、一括改正法のようなものを制定するのか、今後の動向が注目されるところである。

末尾となりますが、2022年の年の暮れにあたり、デジタル・フォレンジック研究会に対する皆様のご支援・ご協力にあらためて感謝申し上げます。今年も12月にデジタルフォレンジックコミュニティを開催することができましたが、新型コロナ感染症の影響を完全に払拭することはできず、ハイブリッド開催方式となると共に懇親会の開催を見送ることになりました。ウクライナ紛争など安全保障をめぐる情勢、資源やエネルギー問題、為替や金利をはじめとする経済政策問題など、どれ一つとして今後の情勢を明確に見通せるものはありませんが、デジタル・フォレンジックの役割は増大することはあっても減少することはないと考えられます。

2023年の皆様のご健勝をお祈り申し上げますと共に、倍旧のご支援とご鞭撻をお願い申し上げます。

【著作権は、湯淺氏に属します】