第788号コラム:和田 則仁 理事(湘南慶育病院 外科部長)
題:「医師の知られたくない権利 

 縁あって、大学の同期100名のほとんどが参加しているメーリングリストの管理をしています。20年前に開設して以来、頻繁に投稿のある情報交換の場となっており、同級生から感謝されているのでずっと管理人をやっています。SNSの時代ですが我々昭和世代には有用なツールの一つといえるでしょう。ついでに名簿の整理もしているのですが、医師は勤務先が変わることが多く、たまに現在の勤務先をアップデートしています。といってもやることは氏名をGoogleの検索窓にコピペするだけです。それで大体は現在の勤務先が出てきます。ほとんどの病院は外来診療担当表や、診療科案内に医師名を出しているためです。写真を載せている病院も多く、Googleの画像検索では写真が出てくることが多いです。研究活動をする医師は多いのですが、そうなるとresearchmap、日本の研究.com、KAKEN、CiNiiなどのサイトに経歴、専門分野、研究業績などがまとめられています。また研究活動をしていない場合でも、研修医時代には学会発表ぐらいはしているので、医中誌という有料の学術データベースに何らかの業績が掲載されています。医師である以上はネットに何らかの情報があるといえるでしょう。したがって医師が逮捕されて実名報道されると、ネット上の情報があっという間にまとめサイトに掲載されてしまうので、恐ろしいことです。悪いことはできないなと感じます。

 医師の情報という意味で特別の意味を持つのが、厚生労働省の医師等資格確認検索というサイト(https://licenseif.mhlw.go.jp/search_isei/jsp/top.jsp)です。医師の名前を入力すると、性別と登録年(医籍に登録された年=ほぼ医学部卒業年)が表示されます。これはニセ医者かどうかを誰でも調べられるように公開されているのだと思いますが、実は法的根拠に基づくものです。医師法第30条の2「厚生労働大臣は、医療を受ける者その他国民による医師の資格の確認及び医療に関する適切な選択に資するよう、医師の氏名その他の政令で定める事項を公表するものとする」とあり、これをネット上で実装したのがこのサイトです。ときどき有名人の医師の名前を入れても出てこないという指摘がありますが、医師法第6条の3に規定されている2年に一度の医師届出票の情報を元にしているため、ときに不整合があるようです。医師の名前を公開するのは、「医療を受ける者その他国民による医師の資格の確認及び医療に関する適切な選択に資するよう」という目的があり、業務独占が許されている医師の公共性を考えれば当然といえましょう。

 しかし、名前以上の情報がネットに晒されるのは、このご時世気持ちのいいことではありません。研究に関わる情報は、研究という任意の活動の結果であり、また研究成果は広く社会で共有すべきものであり、研究の信頼性を担保する上でも研究者の氏名や経歴が公開されることは必要といえるでしょう。しかし医療機関のホームページで公開される医師の情報はよく吟味されるべきと思います。多くは病院の経営を念頭に広告的意味合いが強いと言えます。病院によっては、病院だよりのような病院の待合に置いている配布物をネットにPDFで公開している場合もあります。ホームページへの公開や削除について当事者の医師としっかり取り決めているケースは少ないように思いますが、女性医師の場合は写真を掲載していないケースも多くあります。ストーカー対策や、逆恨みによる犯罪に巻き込まれることを防ぐためなのでしょう。医療に関する広告は、医療法に基づき規制されています。病院は好き勝手に広告を出してはいけないとされているのです。詳細は、厚生労働省からガイドライン「医業若しくは歯科医業又は病院若しくは診療所に関する広告等に関する指針(医療広告ガイドライン)」に示されています。その中で、専門医の取得状況は広告可能とされており、病院のウエブサイトには医師の専門医取得状況が示されていることが多いです。また各学会は専門医の氏名のリストを、都道府県ごとに整理して公開していることが多く、これにより医師法の「医療を受ける者その他国民による医師の資格の確認及び医療に関する適切な選択に資するよう」という目的にかなう情報が示されていることになります。臨床医の多くは基盤学会(内科学会、外科学会、小児科学会など)のいずれかの専門医を取得することが多いため、臨床医は氏名と都道府県までの個人情報は公開されることになり、これは医師の資格を規定する医師法の要請であり、やむを得ないでしょう。しかし、病院のウエブサイトに示されているそれを超える情報である顔写真、出身大学、患者さんへの一言などは、慎重に検討されるべきであるし、少なくとも当該医師の同意取得は必要でしょう。現在、ただ漏れとなってい医師の個人情報等が、もう少し整理されて適切な形で社会に発信されることを願っています。

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