第181号コラム:木下 渉 氏(木下綜合法律事務所 弁護士、IDF会員)
題:「暴力団排除条例と企業・病院の対応」
今年の10月1日より東京都暴力団排除条例が施行され、これにより、47都道府県全てで暴力団排除条例が施行されることとなりました。
暴力団排除条例の内容は、各都道府県によって異なりますが、基本的には、企業・病院等の事業者が暴力団の威力を利用したり、暴力団の活動を助長するような取引を行うことを禁止し、事業者が暴力団との関係を絶つことを求めています。
暴力団の威力を利用することが許されないことは言うまでもありませんが、何が「暴力団の活動を助長する取引」に当たるのかは必ずしも明確ではないため、条例対応に追われる事業者の方から、「この取引は条例で規制されるのか」という相談をしばしば受けます。
事業者として条例に対応することは重要なことであり、経営者や法務担当者の方が「どういった場合に条例に違反するのか」を気にされるのは当然のことです。
しかしながら、決して勘違いして頂きたくないのは、「条例ができたから、暴力団を排除しなければならない」のではなく、あくまでも「暴力団を排除しなければならないから、条例ができた」ということです。
そもそも、なぜ暴力団との取引はいけないのでしょうか。
暴力団等の反社会的勢力は、暴力を背景として我々の社会を脅かす存在です。暴力団の脅しに屈したり、暴力団を利用したりしたため、次々と金銭を要求され、骨の髄まで食い物にされた企業は、規模の大小にかかわらず、枚挙に暇がありません。
そして、暴力団と取引を行うことは、それ自体、暴力を背景とした不当な要求を受ける危険性を高める行為といえます。
また、仮に不当な要求を受けず、暴力団との取引が自社にとって利益となるものであったとしても、その取引を行うことは暴力団の資金獲得や勢力拡大に協力することに他なりません。これが社会的に見て許されないことは明らかでしょう。何よりも、経営者として、あるいは従業員として、そんな企業に誇りを持つことができるでしょうか。
こう考えると、形式的に「条例で規制される取引かどうか」にこだわることは、あまり本質的な議論ではないということがご理解頂けると思います。
企業の暴力団に対する対応として重要なことは、まず、不当要求に対する正しい対処法を知ることです。
そして、不当要求に対しては、「毅然として断る」ことが最も有効であり、かつ唯一の対処法です。暴力団にとって、暴力は手段であり、目的はあくまでもお金です。暴力それ自体が目的ではありませんから、金を得ることができない、または金を得るのに効率が悪いと分かれば、要求を止めます。逆に、一度でも金を払ってしまえば、与し易い相手と見られて次から次への不当要求を受けることになります。
それは自社だけの被害にとどまりません。一度脅しに成功した暴力団は、味を占めて他の企業をターゲットにし、その金でどんどん勢力を拡大していくことになります。「怖いから金を払った」では済まされないのです。
次に、一切の関係遮断を目指すということが重要です。
前述のとおり、暴力団と取引を行うことにより、いつ不当要求を受けるかわからないという危険性がありますし、企業が暴力団の資金獲得や勢力拡大に手を貸すことは許されるものではありません。
そして、一度、取引関係に入ってしまうと、その契約を解除することは必ずしも容易ではありませんから、暴力団との関係を遮断するためには、契約締結前に相手方が暴力団と関係がないかをしっかりと調査・確認すること(属性調査)、契約書には相手方が暴力団等であることが判明した場合にはその契約を解除できる旨の条項(暴排条項)を入れておくこと、が極めて重要となります。東京都暴力団排除条例も、契約時の確認や暴排条項の導入を事業者の努力義務として定めています。
これまでであれば、取引の相手方に対して、暴力団ではないことの確認を求めたり、契約書に暴排条項を入れたりすれば、「失礼ではないか」、「こちらを疑っているのか」などと言われかねませんでしたが、暴力団排除条例が施行されたことにより、「条例で求められています」と言えば足りることになりますので、条例は大きな武器となります。
以上は企業の場合ですが、病院の場合、応召義務との関係で、患者が暴力団であるからといって診察を断ることはできません。
しかしながら、病院開設や拡張のための不動産取得、内装工事、医療器機の購入、院内清掃や観葉植物のレンタル等、様々な契約において暴力団関係企業が関与してくることがあり、それらの契約に際しては、企業の場合と同様、属性調査や暴排条項の導入を行う必要があります。
また、最近は、企業や行政機関が暴力団排除体制を強化していった結果、暴力団が病院をターゲットにしてきているという話もあります。
医療事故等をきっかけとして、病院から金を脅し取ろうとするのが典型的なパターンですが、経営難の病院に経営コンサルタントとして入り込み、生保患者を斡旋するといった方法で病院の経営を支配していく例もあり、注意が必要です。
いずれにせよ、患者を断ることができない病院の場合、企業に比べて対応が遅れている面が大きいですので、まずは不当要求をしっかり拒絶できるよう研修等を行い、そこから暴力団排除のための体制を整えていくことが急務だと思います。
暴力団の問題は、決してどこか遠くの世界の話ではありません。今、我々の社会に現実に存在している問題です。
もし、貴方が、「社会に誇れる企業・病院」、そして、「暴力のない社会」を望むのであれば、ぜひ警察や弁護士と協力し、暴力団排除条例を積極的に活用して下さい。
暴力団排除条例は、決して面倒なだけの「規制」ではありません。暴力団排除のための「道具」であり、我々社会の一人ひとりが暴力団と戦うための「武器」なのです。
【著作権は木下氏に属します】