第180号コラム:西川 徹矢 氏(前内閣官房副長官補)
題:「危機管理の緊張を終えて」

 2年振りにメルマガに投稿します。去る8月3日、内閣官房の職から退官し、これで、やっと危機管理という、365日、24時間常に気を張り詰めなければならない状態から抜け出すことができました。官邸から2キロ以内に住み、原則同5キロ以内に常時いなければならないという慣例があり、この間、東京から出られませんでした。
 退職後は直ちに身内の墓参りと技術の神様と崇める彌彦神社への参拝に大阪と新潟に出かけたほか、最後の約半年間向かい合った東日本大震災の被災地である福島、宮城、茨城等に出向きました。特に、半年経った今も、被災地の爪痕は深く、大震災の凄まじさを十二分に物語っており、胸打つものがありました。
 
 我々が危機管理に対処するには、非常情報を入手後、直ちに現場状況がどうなっているのか、事態が如何に推移すると見込まれるのか、当方の対応能力と具体的対応策で何にどのように対処し得るのかなどを刻々掌握し、被害拡大の連鎖を出来るだけ早い段階で断ち切ることが求め続けられます。
しかもその全ての段階で的確に情報が収集、整理、分析、評価され、その結果が具体的対応策として発動されなければなりません。理想的には、そこでは確度の高い、正確な情報が、必要なところに迅速に伝わり共有されていなければなりません。しかし、実際の現場では混乱や時間の制約など極限状態にあることが多く必ずしも全てが満たされることがないままに、状況に応じた、時々のベストプラクティスの決断が求められ、危険を承知しながらも遂行されて行きます。

 今回の大震災は、いずれも巨大で特異な災害である大地震、大津波、原子力災害の三つが複合状態で発生したため、文字通り未曾有のものとなりました。
 現在も政府の然るべき委員会で具体的な事実を解明し対処措置の妥当性などについて検証中ですが、本紙は情報管理関係のメルマガでもあるので、情報共有のために流される情報量の多さについてのみ感じたことを簡単に述べます。

 まず、情報は、各省庁が現地等から収集し、スクリーニングされ、官邸に派遣されているリエゾンを介して危機管理センターに報告されます。情報の中には、電話等による緊急口頭報告や中継映像や資料映像などもありますが、メインは、内容の確実性や情報共有の容易性などから紙ベースで流れるものが多く、多種多様な情報管理機器と連動したメールやファックスを使って処理しています。同センターでは改めて情報共有の必要性などを判断し、紙ベースで事務的な調整会議メンバーに配布し、データベース化します。調整会議では、これらの報告以外に、各省庁の意見や論点を整理したものなどが、書面や口頭で提供され、協議が行われます。なお、特に必要のあるものは、各省庁及び危機管理センターから、随時官邸上部に口頭、書面などあらゆる手段を用いて報告することも許されています。

 したがって、情報量全体としては相当な量が行き交うのですが、メインの紙ベースでセンターに到達するものは、案件によってバラツキはありますが、通常の案件ならば200から300通程度で終わっているのではないでしょうか。
 しかし、今回の大震災では、具体的に計量してはいませんが、この量が10倍以上になったのではないかと思います。全部に目を通すだけでも大変ですが、何よりも、自ら下したり、感じたりした指示結果や疑念を確認やチェックしようとしても、一旦目を通してアーカイブに入ったものから、自在に検索して関連するデータを瞬時に取り出したり、比較することが非常に難しくなってしまいました。

 私の経験によると、実は、これが如何に確実かつ迅速に実施できるかということで、大きな流れの中で生じる信じられないような陥穽を回避できるかどうかが決まると言えます。今回の大震災では発生時に従来通りの手法をとろうとしましたが、2日目位から不安を感じ、数日間事案を2分し主担当を決めて処理して取り敢えず乗り切りました。

 今回は自然災害対象でおおよそ秘密にわたる事項がメインとはなっていなかったのですが、これがハイジャック事件、領域侵犯事件などの案件になると情報処理に特段の保秘性が求められ、センターの情報機器もそのセキュリティ能力が問われることになります。この話は微妙なのでこれ以上は触れませんが、当然ながら、センターではその面での対策はかなり力を入れて作っています。

 いずれにせよ、今回の経験を踏まえ、私は、膨大な資料から自らの意のままに欲しい資料が検索できるシステムが必要であると強く思うとともに、その検索にあっては、定型的なデータ検索のみでなく、検索キーワードに同意語検索機能や絞込機能を充実させ、検索されたリレイショナルなデータが何種類にもバリエーションをつけて一覧できるのが理想的であると考えます。もちろんこれは前述のセキュリティの下でも機能出来るというのが条件であります。セキュリティ上の制約があってシステムの機能が制限されるというような言い訳は通用しないと考えます。
東日本大震災のような惨事は二度と起こらないことを願いますが、一日も早くこのような危機管理システムが実現されることを希求致します。

【著作権は西川氏に属します】