第330号コラム:小向 太郎 理事(情報通信総合研究所 取締役 法制度研究グループ部長 主席研究員)
題:「国外サーバへのロー・エンフォースメント」
米国で、国外サーバに保存されている情報が、捜索差押えの対象になるかどうかが議論になっている。捜査当局がマイクロソフト社のメールサーバにある情報に捜査を試みたところ、対象となるサーバがアイルランドにあることが明らかになった。マイクロソフト社は、アイルランドの主権を尊重して国際法的なルートで捜査を行うべきだと主張した。この主張が受け入れられず、情報の開示を命じる捜索差押令状(search warrant)が出されたため、同社はこの令状の効力停止を求めていた。2014年8月29日には、同社の主張を退ける決定が、ニューヨーク南地区連邦地方裁判所によってなされている。マイクロソフト社はさらに争うことを検討しているとも報じられている。
国家権力は、伝統的に領土をその基盤としてきた。犯罪者として追われる身になっても、よその国に行けば警察を振り切れる。だから、映画『ゲッタウェイ』のスティーブ・マックイーンも、『テルマ・アンド・ルイーズ』のスーザン・サランドンとジーナ・デービスも、国境の先のメキシコを目指したのだ。しかし、インターネットでは、情報が国境を越えて瞬時に伝達される。現在では、犯罪者もあたりまえのようにインターネットを使う。インターネット上の情報も犯罪捜査の対象になるが、その情報は国内に保存されているとは限らない。クラウド・コンピューティングにシフトしている最近のICTサービスでは、ハードウェアが世界中に散在している。データがどこにあるのかを意識しないのが普通であって、捜査機関にしてみれば、たまたま海外にあるから手を出せないといわれては、違和感を感じる場合もあるだろう。一方で、他の国の主権が及ぶべきサーバに米国が公権力を行使してよいのかという反論も、従来の国家主権に関する議論からは自然に出てくる。
ところで、国外サーバへのロー・エンフォースメントが許されるかどうかについては、我が国でも2011年のいわゆるサイバー刑事法が成立した際に議論になった。新設された「接続サーバ保管の自己作成データ等の差押え」では、捜査機関がコンピュータを差し押さえる際には、そのコンピュータがネットワーク接続しているサーバ上で作成した(メール・サーバ上の)メールや(ストレージ・サーバ上の)文書ファイルも、複写して差し押さえることができるようになった。この手続については、差押えの対象となるコンピュータ本体は国内にあるものに限られるだろう。しかし、そのコンピュータが国外のサーバに接続している場合には、情報を取得することが許されるのか。刑事訴訟法的には、国外サーバにあった情報が証拠提出された場合に、違法収集証拠として排除されるのかどうかは大変興味深い論点である。しかし、証拠として裁判所に提出しなくても、捜査に役立てることはできてしまう。現実的には、これによって得た情報を捜査に利用することまでは、止められないのではないか。
ところで、今回の事案は、マイクロソフト社があっさり協力に応じていたら、そもそも問題にならなかった可能性がある。もちろん、顧客の通信に関する情報を理由なく開示することは、米国でも日本でも法律で禁じられている。しかし、捜査機関の要請に応じて情報を提出することは正当化される場合が多いであろうし、強制捜査の手続きに沿って行われていればなおさらであろう。個人情報保護制度でも、公的な手続に応じる場合について例外規定が置かれるのが一般的である。そういう意味では、他人に関する情報を保有している者が捜査機関から提出を求められた場合に、どのような歯止めが掛かっているかということの方が、より重要な問題かも知れない。
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