第465号コラム:上原 哲太郎 副会長
(立命館大学 情報理工学部 セキュリティ・ネットワークコース 教授)
題:「副会長就任にあたって」

 2004年の創立以来、13期にわたって副会長を務めてこられた安冨 潔 理事(京都産業大学 法務研究科 客員教授・法教育総合センター長、慶應義塾大学 名誉教授、弁護士)が、佐々木前会長のご退任に伴い会長を務められることになりました。それに伴い、副会長に選任いただきました上原です。佐藤副会長とともに、安冨会長を支え、デジタル・フォレンジック研究会の活動をより広く展開させるべく精一杯働きますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 当研究会の創立当時のことを振り返りますと、前回のコラムで安冨会長も指摘しておられるとおり、デジタル・フォレンジックという言葉自体が知られておらず、説明にも苦労するような時代でした。それが今では、少なくともIT業界や法律家で情報セキュリティ分野に少しでも関心を持つような人たちにとっては広く認知される言葉となり、全国紙の社会面で紹介されるなど、その社会的な重要性も理解されるようになりました。このようなデジタル・フォレンジックの認知の広がりに当研究会が大きな働きをしたことは間違いなく、会員の皆様、各分科会メンバーの皆様の日頃の活動に感謝申し上げるとともに、今後も引き続きご支援を賜りますようお願い申し上げます。

 さて、このようにデジタル・フォレンジックへの認知が広がってきているのは間違いないのですが、個人的にずっと気にしていることに、この分野の研究者が徐々に増えつつあるものの十分とは言えない、という問題があります。特に、技術系の研究者でデジタル・フォレンジックを扱っている研究者は残念ながらほとんど増えていません。この分野の代表的な学会である情報処理学会や電子情報通信学会においても、セキュリティ関連の研究会の活動は近年ますます活発になり拡大していますが、その中でフォレンジックの存在感は残念ながら増していないと感じます。例えば情報処理学会の論文検索サイトで「フォレンジック」を入力しても、検索にひっかかる論文や研究会発表等は全期間あわせて143件しか無く、それも2014年には30件あったのに2015年と2016年には各20件とむしろ減少しています。このように、デジタル・フォレンジックに関する研究に参入してくる技術系研究者を増やすことに失敗していることが大変気になっております。このような悩みは海外でもあるようではありますが、それでも特に米国においては、Digital Forensics Research Workshop (DFRWS)がますます盛況であることや、この分野の論文誌Digital InvestigationやIEEE Transaction on Information Forensics and Securityが質量ともに充実してきたことと比べ、その差を縮めることはますます難しくなっていると感じます。

 このことに危機感を感じたのは、3年前のPC遠隔操作ウィルス事件においてまだ被告が否認している時期に、被告の主張(自分も被害者であって遠隔操作されていた)に対してそれを支持する意見が少なからずネット上で見られた時のことでした。あの裁判では法廷においてデジタル・フォレンジックのかなり基礎からの解説がなされ、被告の使用していたPCの解析結果が詳しく分かりやすく示されていたと感じましたが、それがあってもなお、被告の主張するかなり無理のあるストーリー(被告のPCが勤務時間中に遠隔操作され、それと気づかれないままC#の開発ツールのインストール・アンインストールが繰り返されていたなど)が支持されることに、このような裁判の本質的な難しさを感じました。電磁的証拠を技術的に評価して、そこで行われた行為についての可能性について語ることが出来る人は少なくないですが、裁判という状況においてはそれぞれのストーリーに沿って行われた行為の技術的な困難性についてきちんと評価して語ることが出来る専門家が必要なはずです。そのような専門家が足りないがために、可能性のかなり低いストーリーに対しても支持が集まってしまうのだろうと強く感じたものです。

 他にも、例えばウイルス作成罪の運用を考えたときに、マルウェアの構造から作成者の目的を合理的に説明できるようにしておくことが現場的には求められているのですが、そのような需要は広く知られてはいません。一般に、ソフトウェアにはその作成者の意志、意図が少なからず反映されており、プログラマであればそれをある程度感じ取ることが出来ます。それを一般の人に客観的に説明できる形で解明していくような学問体系、いわばソフトウェア・フォレンジックのような分野は今後ますます重要であろうと個人的には考えていますが、同様の考えを持ってくれる「仲間」はこの10年以上増えていないと感じています。この問題意識は、Winny裁判において作成者に著作権違反助長の意図があったか否かが議論になった頃からずっと持っているのですが、今に至るまで個人的には大きな宿題として抱え込んだままになっています。

 このように、情報通信技術と犯罪や不正の接点には多くの社会的課題がまだまだ残されており、その解決のためには多くの研究者の力が必要であると日々痛感するのですが、そのような力の結集のために自分が十分働けてこなかったという反省を持っております。副会長就任を機に、改めて「仲間」を増やす決意を固めておりますので、是非会員の皆様にもご協力を賜りますよう、改めてお願いいたします。

【著作権は、上原氏に属します】