第528号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「知的財産関連の2018年の法改正」
第196回通常国会も、すったもんだありながら先日閉会した。毎回、国会の閉会前には様々な法案が審議され、法改正が行われる。今回のコラムでは、先の国会にて成立した法案のうち知的財産関連の改正を簡単に紹介したい。
まずは、著作権法。著作権に関しては、ITやデジタルに直接関係する部分が変わるわけではない。しかしながら著作権の根幹部分に大きな変更がある。保護期間が50年から『70年』へと大きく伸びる。正確に言うと、この法改正は著作権法だけの改正ではない。著作権法のほうは既に保護期間を70年に延長する改正を終えている。その改正の際の条件というのが「TPP協定(TPP新協定とかTPP11と呼ばれるもの)」の発効であり、本国会ではTPP関連法案がすべて通過した。よって協定が実効されると共に、著作権の保護期間も70年になるわけである。
「70年間は分かるのですが、いつから70年ですか?」と聞かれることが偶にある。著作権の保護期間の起算点は、著作者の死亡した時点からである。つまり死後70年となると、20歳の人がスマホで撮った写真に対しては、その人が80歳まで生きたとしたら、撮ってから130年間も保護されることになる。法人の場合は生身の人間のような寿命はないので、「公表後70年」となる。
保護期間が延長されたのは、元々はコンテンツ大国つまり著作権大国であるアメリカの意向からである。アメリカがTPPから撤退した後でも保護期間の延長に固着したことは何とも変な話なのであるが…。著作権も財産権なので、当然に相続の対象になる。70年だと、孫どころかひ孫の代までの相続になるのではないだろうか。そのころのサイバーセキュリティがどのようになっているのかまったく想像できない。
ちなみに「保護期間を短くすべきだ!」という意見を偶に聞くが、ベルヌ条約で最低50年の保護期間が要求されているのでこれより短くなることはない。
二つ目の大きな改正は不正競争防止法を中心とした経産省管轄の知的財産関連の法律の改正である。これに関しては、同省のWebページにある絵図を見ていただくのが一番分かりやすいであろう。
今期の改正では、不正競争防止法の改正に特に重きをおいており、こちらはIT技術の進化に合わせたものであり、デジタル・フォレンジックとの関連も深い。もっとも大きな改正点は、ビッグデータを不競法での保護の対象に入れたことにある。その例としては「自動走行車両向けに提供する三次元高度地図データ」などが挙げられている。それは良いのだが、この定義から導き出される保護対象としてのビッグデータの本質とその運用が分かりづらい。そのイメージとしては、「複数の企業間で提供・共有されることで、新たな事業の創出につながったり、サービスや製品の付加価値を高めるなど、その利活用が期待されているデータ」を想定しており、その為に『限定提供データ』という言葉を新たに創設する。「業として特定の者に提供する情報として電磁的方法により相当量蓄積され、及び管理されている技術上又は営業上の情報(秘密として管理されているものを除く。)」と、限定提供データは定義されている(改正後の不競法2条7項)。ここから『ID・パスワード等の管理を施した上で事業として提供されるデータの不正取得・使用等』が不正競争行為になる訳である。
しかしながら、実際の運用のガイドラインやマニュアルがまだであり、最もはっきりとしないことは、上記のような「ビッグデータが不正に利用されたとして、どうやってそれがオリジナルのビッグデータであることを証明するのか?」という点にある。しかしここにこそ、裏返せばデジタル・フォレンジックが表に出る余地が大いにあると言えよう。
もう一つの不競法の改正点は、技術的制限手段の回避に「役務」も追加し、回避を禁ずる対象に「データ」そのものも加えられたこと。技術的保護手段とはアクセスコントロールのことで、その回避とは従来、特定メーカーのゲーム機専用のソフトを他社のゲーム機でも動くようにする「マジコン」や、有料衛星放送をタダ見できるように不正改造したB-CASカードなどが該当した。いわゆる「プロテクト破り」である。当初はこれらの専用ハードウェアの配布(販売)のみを対象としていたのであるが、この範囲を、汎用ハードウェアやソフトにも順次広げてきた。そこに今回はサービスの提供、つまりは役務としてとして回避行為をやってあげることも取締ることができるようにし、ディープラーニングなどに用いられるデータも保護対象になったということになる。
さらに実際の訴訟手続にも追加の手が入れられている。第7条を大幅に改正・追記し、いわゆる「インカメラ手続き」の拡充を行っている。その他にも、特許法の改正により中小企業の金銭負担を減らしたり、JIS規格(工業標準化法)に関する改正、弁理士業務の範囲の拡大などの改正が行われた。これらに関しては機会があればまた取り上げてみたい。
【著作権は、須川氏に属します】