第529号コラム:小山 覚 理事(NTTコミュニケーションズ株式会社 情報セキュリティ部 部長)
題:「これからのデジタル・フォレンジックの課題と展望」

コラムのネタに困っていたところ、8月21日に開催された「IDF15周年記念表彰式及びシンポジウム」のパネリストとして登壇させていただくことになった。折角なので、私がパネルディスカッションでお話しした話題についてご紹介したい。

さて頂戴したお題が「これからのデジタル・フォレンジックの課題と展望」である。これからのデジタル・フォレンジックへの期待を込めて、私が選んだ話題は「不正や犯罪行為の未然防止へのデジタル・フォレンジックの活用」である。

ご案内の通り、デジタル・フォレンジックは、不正や犯罪、サイバー攻撃等の事後的な対応として普及してきた。この次のステップとして、願わくばデジタル・フォレンジックの「技術やコミュニティの連携」で、不正や犯罪、サイバー攻撃を未然に防ぐことができないかと考えた次第である。

そこでMVNOサービス(仮想移動体通信事業者)を悪用した事例について、不正や犯罪防止に向けた取り組み例を紹介した。

私が所属する会社ではMVNOサービスを提供している。

MVNOとは、モバイル通信用の設備を持たないプロバイダなどが、キャリアからサービスを借り受け、第三者に自社ブランドで再販する事業者のことである。スマホなどSIMフリー端末にMVNO事業者から届いたSIMカードを挿せば、新しい電話番号で通話ができる便利なサービスである。格安SIMといえばピンとくる方もいらっしゃるだろう。あれである。

報道によると、簡便な手続きで申し込めるMVNOが、様々な不正や犯罪、例えば特殊詐欺のオレオレ(かけ子)の電話にも悪用されている例があるそうだ。実際のところ、ここ数年間で警察から弊社への捜査関係事項照会の件数も大きく増えている。

MVNOのネット申し込み時には、顔写真付きの身分証明書のコピーを送付いただき本人確認を行っているが、偽造免許証等を使った不正な申し込みが後を絶たない。店頭販売が中心の携帯電話事業者と異なり、MVNO事業者は本人確認を送付された電子画像で行うため、巧妙に偽造された免許証などを見破ることは容易ではない。

一方で、怪しい身分証明書が見破れる場合もある。異なる身分証に同じ顔写真が何度も使われる場合などである。こういった怪しい身分証明書の対策について、優良な取り組み事例の紹介もさせていただいた。例えば、何らかの理由で偽造が疑われる運転免許証については、警視庁に照会し真贋判定を行っていただいている。

昨年から毎月数十件の照会を依頼し、偽造免許証による不正なMVNOの契約を多数解除した実績も出ている。ビジネスのリスク回避と再犯防止など、自画自賛かもしれないが、官民が連携した良い取り組みができている。

今回のシンポジウムで議論したかったのは、この次のステップ「不正や犯罪行為の未然防止へのデジタル・フォレンジックの活用」である。MVNOサービスの申し込み段階で、デジタル・フォレンジックの技術の活用や関係組織の連携で、不正な身分証明書を用いたサービス申し込みを防止できないか、そんな思いで壇上に上がっていた。

私から偽造された身分証明書を見破る方法について、複数の方法を提案させていただいたところ、パネリストや会場の参加者から有益なアドバイスを頂戴することができた。パネルディスカッション終了後にも複数の方と意見交換させていただく機会を得たこと、紙面を借りてお礼を申し上げたい。

具体的な議論内容の公開は差し控えさせていただくが、多くの方が問題意識を持っておられることを確認できたことも大きな収穫だった。

デジタル・フォレンジックが社会の安心安全に貢献できれば幸いである。

【著作権は、小山氏に属します】