第63号コラム:熊平 美香 氏 (財団法人クマヒラセキュリティ財団 専務理事)
表題:「個人情報保護法」

個人情報保護法が施行されて今年で5年目になります。私は、情報セキュリティの啓発活動に20年間取り組んでまいりましたが、個人情報保護法が施行された2005年頃から、情報セキュリティに対する意識が高まり、積極的な取り組みが進みました。

当時の代表的な情報漏えい事件は、1999年に発生した宇治市の21万件を超える個人情報の漏えいでした。宇治市のシステム開発を業務委託した先の社員がデータをコピーし、名簿買取業者を経由し、インターネット上に宇治市住民台帳として売り出されました。宇治市の現場責任者として対処された宇治市役所元情報管理課長の木村修二氏には、広島でもご講演いただきました。情報セキュリティは、情報保有者の視点ではなく、情報の主体となる個人の視点で考えるべきであるというお話には、共感するものがありました。宇治市は、住民1人に対して、慰謝料1万円と弁護士費用5000円の合計1万5000円を支払いました。

個人情報保護法の成立した2003年には、ローソンの会員115万人のうち56万人の個人情報が漏えいするという事件が起こりました。訴訟にはなりませんでしたが、ローソンは、115万人の会員に、お詫び状と500円の商品券を郵送しました。翌年の2004年には、Yahoo!BB加入者約452万人の個人情報が流出し、世の中を騒がせました。

最近では、当時ほど、頻繁に情報漏えいに関するニュースがテレビで報道されることがなくなりましたが、JNSAの情報漏えいインシデント報告を見ると、情報漏えいの件数は、確実に増加していることが解ります。2002年に62件であった情報漏えいインシデントが、2008年に1373件と7年間で20倍に増加しています。一方、企業における個人情報保護に対する取り組みや、情報セキュリティ対策は確実に進化しています。1998年に50件であったPマーク取得企業の数は、2008年には、10,193件の200倍に増えています。2002年に、24件であったISMS取得企業の数は、2008年には、3,215件の130倍に増えています。

2008年の情報漏えいインシデント報告書において目につくのは、教育機関における情報漏えい事件です。件数では、全体の約13%です。企業における情報セキュリティ対策が着実に進化する中、教育機関における情報セキュリティ対策の遅れが気になります。情報セキュリティ文化を醸成するためには、学校のパソコンにパスワードを貼り付けておくのはやめてほしいと何年か前に、情報セキュリティの専門家が語っていたことを思い出しました。

しかし、まったく取り組みがなされていないというわけではありません。文部科学省と経済産業省が連携をし、学校情報セキュリティハンドブックが刊行されており、学校向けの情報セキュリティポリシーひな型などもネットから容易に入手することができます。しかし、学校ごとにルールを決め、徹底するためには、情報セキュリティに前向きに取り組む「人」の存在が重要になります。ITリテラシーや情報セキュリティ意識の高い先生がいる学校では取り組みが進み、そうでない学校には、遅れが出てしまうのでしょう。県全体の展開を進める取り組みも一部の地域でスタートしています。ある県では、複数の学校と市町村教育委員会が、各学校の状況に合わせて情報セキュリティポリシーを策定し、モデルを作り、県全体への展開を進めようとしています。また、子どもたちに対する教育も始まっています。昨年、ニフティは、社会貢献の一環として、東京都品川区立の小学校で情報モラル教育を実施しました。また、子供向け教育サイトを立ち上げ、子どもたちの自学ツールとして、インターネット体験ドリルも用意しています。今後の発展が楽しみです。

さて、個人情報保護法の施行により大きな方向転換を迫られた民間教育事業者㈱ベネッセについてお話してみたいと思います。教育ビジネスを展開する㈱ベネッセは、個人情報保護法が施行される以前は、住民基本台帳を閲覧し、日本全国の子供たちに、通信教育教材のDMを郵送していました。このDMは、大変効果的なマーケティング手法です。その結果、しまじろうで有名なこどもちゃれんじは、6人に1人の子供が利用している国民的な学習教材となりました。ところが、個人情報保護法が施行されることになり、㈱ベネッセは、住民基本台帳に代わる顧客リストの獲得が必要になりました。㈱ベネッセは工夫をこらし、子どもたちが集まるさまざまなイベントを企画し、顧客名簿の獲得に取り組みます。また、ホームページにおいても、顧客名簿獲得のためのさまざまな企画を打ち出します。アンケートに答えるとポイントがたまる、資料を請求すると○○がもらえる、お友達を紹介すると会員も、紹介されたお友達も○○がもらえる、Web入会で旅行券、グルメ券、ポイントがもらえる、Web確認問題が無料で体験できる、ためになる無料ゲーム、漫画購読でポイントがもらえる等々です。ポイントは、ベネッセショッピングモールでお買い物に使えます。こうして、㈱ベネッセは、インターネットを有効に活用し住民基本台帳に匹敵する顧客名簿を確立することに成功しました。名簿の入手ができなくなり、他社のDMが減少する中で、㈱ベネッセは、これまで以上に積極的にDMを活用し拡販活動を行っています。2005年3月期に2914億円であった㈱ベネッセの売上は、2008年3月期に、売上高4127億円に成長。通信添削事業も、1834億円から2446億円に成長しています。個人情報保護法による障害を乗り越え、より強い企業に変身した㈱ベネッセに敬意を表したいと思います。

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