第645号コラム:佐藤 慶浩 副会長(オフィス四々十六 代表、IDF副会長)
題:「身分証明書としてのマイナンバーカード」
マイナンバーカードが来年から健康保険証として使われることが決まり、さらに運転免許証にも使われる方向で検討されていることが報道された。
そのようになれば、マイナンバーカードが身分証として使われ始めることになる。本来は、いまでもマインバーカードは身分証として使うことができる。
しかし、マイナンバーカードが身分証として定着していないのが実情である。その理由は、主として2つある。
もっとも大きな問題は、カードの裏面に記載されたマイナンバーを秘密として取り扱う必要があることだ。
政府は、表面だけを確認することで、身分証として使えるとしている。しかし、身分確認をする担当者が、万が一にも裏面について不適切な取り扱いをした場合には、問題となる。情報の管理を適切にリスクマネジメントしている組織であれば、身分確認をする業務において、マイナンバーカードを身分証に加えることにはリスクがあることが明確だ。リスクマネジメントとは、認識したリスクを、軽減するか分散するか移転するか回避するか受容するかを決めて対処することだ。
ここで認識されるべきリスクは、本来は、身分確認作業に不要な、裏面記載のマイナンバーが、不適切に取り扱われてしまうというリスクだ。担当者に裏面にあるマイナンバーを見ないようにすることを徹底するなどで、リスクを軽減することができるが、そのリスクを残存することになる。しかし、身分証としてマイナンバーカードを取り扱わないとすることで、このリスクを回避することができる。実際にも、一部の公立図書館などが、利用開始時の身分確認に、マイナンバーカードを身分証として受け付けないことにしているのは、このためだ。
マイナンバーカードを身分証として受け付けなければ、マイナンバーを不適切に取り扱うというリスクを回避することができる。
身分証としては、マイナンバーカード以外のものを用いることで足りる。マイナンバーカードを身分証として使いたかったという利用者からは不満が出るが、従来からあった方法でよいだけのことなので、大きな混乱にもなっていないのが現状だ。
この問題を見直すには、マイナンバーを特段の秘密として取り扱うという制約を緩和するしかない。
この事例は、マイナンバーを取り扱う業務ではないので、マイナンバーの制約と関係ないと考えるのは愚かだ。実務上は、マイナンバーカードを取り扱うことは、マイナンバーを取り扱うことになる。この場合のマイナンバーの取り扱いとは、「見ないものとして取り扱う」ということだ。
そもそも、マイナンバーは秘密として取り扱わなくてもよいように、マイナンバー情報連携システムが設計され運用されているので、他の個人情報と同程度に取り扱えばよいだけのものであり、特段の秘密とすることは過剰な規制である。その結果、個人情報を直接取り扱うような情報管理がなされている現場においてさえ、上記のような実務上の問題を生じてしまうのである。
実は、この問題は、健康保険証としてマイナンバーカードを利用する検討においても問題視された。検討の結果、マイナンバーカードの読み取りを本人が行なうという窓口業務にすることを条件に、医療機関はマイナンバーカードを取り扱わずに受付をするということで取り扱いを合意した。
余談になるが、健康保険証については、来年春からマイナンバーカードでの利用が始まるが、この読み取り機の設置などに準備が必要ということで猶予期間を2年間設けた結果、実は、従来の健康保険証も発行される。これだと、医療機関での受付業務では、健康保険証が2種類あって業務は同じということではなく、直接保険証を確認する業務と、本人が読み取り機にかざして確認する業務が混在することになるため、業務を煩雑にしたくない医療機関は、読み取り機を猶予期間のぎりぎりまで導入しないことも考えられる。まさに、一部の公立図書館がマイナンバーカードを受け付けないのと、理由は異なるが同じような状況になるかもしれない。利用者にとっても、通常は、診療カードと保険証を一緒に保管しており、それらをまとめて医療機関に持って行けばよいので、保険証としては、従来のものを持参してくださいと言われても不満が出ることすらないかもしれない。
2つ目の問題は、カードの表面に控えに使える番号列がないことである。
この問題は受付業務という実務に起因するもので、認識すらされていないことがある。身分証を確認する場合には、そのID番号などを書き控えるという手順を経験することが多いだろう。これは何か問題があった場合に、書き控えた番号で、本人確認をするなどの目的に使われるためだろうと思っているかもしれないが、実は、その目的よりも重要な目的で行なわれている。身分証による身分確認をするという業務は、身分確認が少なからず重要な用途なはずである。先の例にように図書館が図書を貸し出すとか、レンタル店で物品を貸し出すなど、返却されなかったときに支障があるなどがわかりやすい例である。
しかし、保険証や運転免許証、パスポートなどの番号で、本人を特定することは刑事事件として被害届を出して捜査してもらうなどしない限り、民間の事業者で、その番号を直接使えることはない。もちろん、そのような番号を控えることで、身分の詐称を抑止するという効果はあるが、実はこれが主たる理由ではない。
何のために番号を控えるかというと、身分確認を怠っていないことを担保するためである。身分確認の業務で、「身分証を確認したか?」というチェック欄を設けて、そこにチェックを書き込むのと、身分証の番号を転記させるのとでは、後者の手順をすることで確認漏れを少なくできるのである。
どういうことかというと、身分証の確認を忘れてしまったのに、チェック欄にはチェックを入れてしまうという過失はあり得るが、忘れてしまったのに、番号記入欄に、デタラメな番号を記入するのは過失としては起こりにくいからである。そのため、カードの表面に控えに使える番号列がないマイナンバーカードによる身分確認では、身分確認をしたことの記録は、「身分証を確認した」というチェック欄を設けることしたできなくなってしまうのである。これに代わる手順としては、提示された身分証のコピーを取るということが行なわれているが、その場合には、マイナンバーカードについては、先述の裏面記載のマイナンバー取り扱いのリスクが高まってしまう。
身分証として何かを使うという場合に、それの実務を管理している人であれば、控えるべき番号をどれにするかをまず決めるのだが、マイナンバーカードにはそれに使えるものがないのである。
この問題を見直すには、ひとつの方策としては、マイナンバーカードの表面に、控えに使える何らかの番号を記載することである。あるいは、表面に記載されている製造番号かセキュリティコードを控えに使うことを明示的に許可するかである。
説明した目的からすると、この番号は必ずしも唯一無二である必要はない。極端に言えば、4桁くらいの乱数番号があるだけでもよい。しかし、券面に何か数字が記載されていれば、それが何かの区別をしているのではないかなどを邪推され不安視されることがあるかも知れない。実際にも製造番号が個人を特定できるのでないかと心配されていることがある。その観点でいえば、たとえば、マイナンバーの下2桁なり4桁だけを裏面ではなく表面に記載するということも考えられる。マイナンバーを裏面と表面に分散して記載することは、マイナンバーを秘密として保護することにも役立つかもしれないが、本来は、先に述べたように、マイナンバーを秘密として規制することがおかしいことに変わりはない。
ここでは、マイナンバーカードを身分証として普及させるための課題について2つくらいの問題を紹介したが、普及の観点の他にも、プラスチックカード表面に金属端子があるカードの耐用年数は10年より短いという問題もある。実際にも、運転免許証やパスポートは金属接点のないものが使われている。
以上のとおり、マイナンバーカードを身分証として定着させるには、いくつもの課題があり、それはマイナンバーの取扱いというソフト面のみならず、カードの券面デザインや構造といったハード面にも影響する。ハード面の変更については、マイナンバーカードの更新も視野に入れれば検討の余地はあるはずだ。現状は、マイナンバーカードの普及の手段としての身分証という印象を受けるが、身分証として使うことについては目的として再確認し、ソフト面とハード面両方の改善を検討してもよい時期だと思う。はりぼて式の見直し(retro-fit)ではなく、設計に立脚した見直し(design-centered)による改善がされることを期待している。
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