第768号コラム:伊藤 一泰 理事(近未来物流研究科会 代表)
題:「ウクライナ支援について日本ができること

2022年2月24日、ロシアがウクライナに軍事侵攻した日だ。早いもので1年以上経過した。ウクライナ側の激しい抵抗にあって、ロシアが当初見込んだ短期決着が出来ないまま双方に多くの死傷者が出ている。中国など停戦の仲介を買って出る動きもあるが先行きは不透明である。後述するが、中国の動きには、停戦後の復興需要に対する思惑が透けて見える。

ロシア軍の空爆によって、ウクライナの病院、学校、住宅などの建物や鉄道、道路、橋梁、港湾などのインフラ施設に大きな被害が出ている。さて、日本はこの戦争について、今後どのような支援ができるのだろうか。他の欧米諸国のようにNATO軍に参加したり、ウクライナへ武器供与(たとえばドイツは最新式の戦車「レオパルト2」を供与)等は、「防衛装備移転三原則」があるため制度上できない。このため、防弾チョッキやヘルメットなど専ら防御用の装備品の供与にとどまっている。もちろん、無償資金供与や民生用の機材提供では、他の欧米諸国並みの支援が実行されたり予定されているが、国際的な注目を集めているとは言い難い。

従来、日本は、カネとモノの提供については、積極的であるが、ヒトは出そうとしないと言われてきた。ヒトの問題はたしかに難しい。最近では、スーダンで邦人救出のため自衛隊機がジブチに派遣され、無事に任務を遂行、4月29日に邦人とその家族48名が帰国することができた。しかし、もしこのオペレーションが失敗していたら、ものすごいバッシングを受けていたであろう。邦人救出のオペレーションでさえ困難なのに、ましてや日本の自衛隊がウクライナ国内に入って復興支援するのは、日本の国内事情からすれば、まだ時間かかると思われる。

そんな状況下、ウクライナの一部で、復興へ向けた動きが出てきた。日本側で中心になるのは、「独立行政法人国際協力機構」(JICA/ジャイカ)である。JICAは、政府開発援助(ODA)を一元的に行う実施機関であり、主として開発途上国への国際協力を行っている。今後、JICAがウクライナに対してどのように支援していくのか、支援事業の方向性を考えるヒントがある。

JICAのホームページには以下のように記載されている。

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(JICA「事業展開の方向性」)

世界の潮流を踏まえて日本に優位性のある経験・知見・技術を積極的に発信・活用し、事業効果の最大化と援助潮流の形成につなげるために、課題解決力の高い事業モデルを日本ブランドとして整理・発信し、これを活用した事業に取り組みます。

(参照URL) https://www.jica.go.jp/about/direction/index.html 

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日本は、独自の技術や知見等で他国より優位的な分野を中心に、ウクライナの自立的・持続的な経済成長を支援するとの意見表明であり、基本的な方針として是とすべきであろう。

一方、民間企業にもいくつか具体的な動きが見える。

国内トップの建設コンサルティング&エンジニアリング企業である日本工営は、この4月1日付けで「ウクライナ復興支援室」を設けて、窓口の一本化・明確化を図っている。また、世界第二位の建設機械メーカー小松製作所(コマツ)は、JICAを通じて重機の供与を始めるなど、日本企業も過去の震災復興の経験を生かして協力するケースが増えそうだ。今後は、単発的な支援ではなく、持続的で広範な支援に結びつけていきたい。

日本が第二次世界大戦後の焦土と化した国土を復興し、産業を開発しインフラを急ピッチで再構築できた要因はいろいろあるが、日本独自の金融の果たした役割は見逃せない。復興から連続して力強い高度成長に繋ぎ、短期間で経済大国と言われるまでになった日本経済については世界的にも稀有な事例であると称賛されてきた。復興に向けた手段手法は多々あるが、戦後すぐに産業復興、インフラ建設に資金供給してきた「復興金融金庫」(復金)の存在があげられる。

同時に採用された経済政策がある。それは「傾斜生産方式」という政策である。これは、終戦直後の1946年、第一次吉田内閣によって導入された仕組みで、当時の基幹産業である石炭業や鉄鋼業に資金を傾斜配分し、復興に必要な設備投資資金について重点的な投入がなされた。このために設立された特殊金融機関が復金である。

日本の戦後復興モデルが、そのままウクライナへ応用可能かどうかわからないが、素人なりに重点投資分野を考えてみた。産業の発展を促す金融の仕組み作りは、なるべく早く着手すべきであり、戦争の完全な終結を待たずに動き出す必要がある。

まず、ウクライナの場合、農業、特に小麦が主要産業の一角を占めている。小麦などの農産物について、物流輸送体制の再構築を図ることが重要である。再構築のスキーム作りに日本が参加して、支援に結びつけるのは一案である。輸出のための港湾整備や物流拠点の構築など、日本独自の土木建築技術が活用できそうである。

これは、ウクライナのみならず世界全体の食料不足の解決策になり、日本の食料事情にも好影響をもたらすであろう。ちなみに、国連食糧農業機関(FAO)によると、2021年のウクライナの農産物輸出量は、小麦が世界第5位、とうもろこしは世界第3位であった。

次に、旧ソ連時代に培われた航空機や宇宙関連分野の生産技術の活用も重要なポイントだと思う。ウクライナの航空機産業は国際競争力があり、素材・部品・加工産業に関する裾野が広く、他産業への技術波及効果が期待できる。たとえば、ウクライナが誇る世界最大級の貨物航空機「アントノフAn-225」一号機は、昨年2月24日のロシア軍の攻撃で破壊されたと報じられたが、早急に技術者が結集し、事業の再開が望まれる。未完成の状態にある二号機が完成して就航すれば、ウクライナの航空機産業の復活に弾みがつくものと思われる。

一方、日本の航空機産業を振り返ると、YS11以来となる国産航空機開発に三菱重工は総額1兆円をかけたが、事業の見通しが立たないことから、開発中止を発表している。子会社「三菱航空機」は事業会社として開発を担ってきたが、事業撤退に合わせて清算されると報じられている。このプロジェクトに参加した技術者たちが、ウクライナの航空機産業の支援をするということは考えられないだろうか。

ウクライナの復興に日本がどの程度参画・関与できるのかわからない。コンペティターとなる中国は、停戦の仲介者として復興需要に関わる利権確保に走るだろう。巨額の資金を貸与して、いったん返済が滞ると、対象工事物件を差し押さえて自国の管理下に置く手法は、中国の常套手段である。日本も手をこまぬいてはいられない。 東アジアでは、朝鮮半島有事や台湾有事が懸念されている。その際は、日本も必然的に紛争に巻き込まれてしまう。防衛力の維持・拡張の議論は盛んだが、日本の経験・知見・技術の強みを活かして、世界全体を俯瞰した対応がウクライナ支援に求められている。

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