コラム第875号:「公職選挙と情報流通プラットフォーム対処法」
第875号コラム:小向太郎 理事(中央大学 国際情報学部 教授)
題:「公職選挙と情報流通プラットフォーム対処法」
多くの人々が、SNSやネットニュースから世の中の動きを知るようになっている。一方で、ネットの情報は信用できないと思っている人も少なくない。SNS上では、事実と異なる情報や、人々の感情をあおるセンセーショナルな投稿が数多く出回っている。
こうしたネット上の情報は、公職選挙にも影響を与えている。2024年の東京都知事選挙や衆議院選挙では、SNSを戦略的に活用した政党や候補者が注目を集めた。兵庫県知事選挙では、議会の不信任決議により辞職した前知事が再出馬し、メディアの多くの予想に反して再選されたが、ここでもネットで拡散された情報が選挙結果を大きく左右したといわれている。
日本ファクトチェックセンターは、2024年の総選挙に関して、石破茂首相の発言を改変した偽情報や、なりすましによる政党批判、意図的に編集された動画などについて、28本のファクトチェックを行ったとしている。こうした情報は、有権者の合理的な判断を妨げ、民主主義の正当性を脅かすおそれがある。2025年5月に公表された共同通信の世論調査では、選挙の際、真偽不明の情報がSNSで拡散することに「法律での規制が必要」と答えた人は58%、「事業者などの自主的な規制が必要」とする人は29%にのぼった。
ところで、こうした投稿は法律に違反しないのだろうか。日本の公職選挙法においては、「虚偽事項の公表」は明確に禁止されており(第235条)、選挙の候補者その他に関し、当選を得させ、または得させない目的で虚偽の事項を公にした者には、罰金刑または禁錮刑が科される。また、インターネット等を利用した選挙運動については、2013年の法改正により合法化されたが、同時に、発信者の氏名または名称および電子メールアドレス等の連絡先を明示する義務が課されている(第142条の3)。この義務は、候補者や政党に限らず、一般の有権者も対象となり、違反すれば刑罰の対象となる(同法第243条の2第3項)。
しかし、これらの規定は、候補者本人や政党関係者など、特定の立場の者によって選挙運動が行われることを想定しており、現在のネット社会において十分に機能しているとは言いがたい。SNS上で膨大な情報が日々拡散される中、それをチェックし、実際に規制を行うための制度や体制は、現時点では十分に整備されていない。そのうえ、投稿が「虚偽事項の公表」や発信者情報の不表示といった違反に当たるかどうかの判断基準も、現行制度では必ずしも明確とは言えない。
こうした投稿の多くは、巨大プラットフォーム上に掲載されている。プラットフォームがこのような情報の削除や非表示に努めるべきだという意見も当然ある。実際、インターネット選挙が解禁された際には、選挙運動に関する名誉毀損等の投稿について削除請求があった場合、迅速な対応ができるように、プロバイダ責任制限法が改正されている。
さらに、2025年4月には、プロバイダ責任制限法が改正され、違法情報への対応を促すための新たなルールを定めた「情報流通プラットフォーム対処法」が施行された。この法律では、大規模なプラットフォーム事業者に対して、①削除申出窓口の設置と手続の公表、②削除対応体制の整備、③一定期間内での対応および結果の通知、④削除基準の策定と運用状況の公表、⑤削除時の発信者への通知、といった対応が求められている。
こうした法整備により、公職選挙に関する不適切な投稿についても、一定程度の対応が促されると考えられる。しかし、情報流通プラットフォーム対処法は、プラットフォームによる自主的な対応を促す性格のものであり、違法性が明確でない情報について積極的に対応がとられるとは限らない。
公職選挙法は、「選挙が選挙人の自由に表明せる意思によって公明且つ適正に行われることを確保し、もって民主政治の健全な発達を期することを目的」としている。この目的を実現するためには、まず、新たな情報環境に対応するために、問題となりうる行為の範囲を明確にし、禁止規定を整備することが必要であろう。そのうえで、取り締まりの強化とあわせて、プラットフォームに対してどのような対応を求めていくのかを制度的に検討していくことが求められる。
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