第46号コラム:金子 宏直 氏(東京工業大学大学院社会理工学研究科准教授)
表題:「米国の越境的e-DiscoveryとEUのデータ保護」

EUデータ保護指令(95/46/EC)の29条検討委員会が2009年2月11日付けでEU諸国が米国のディスカバリへの対応について検討報告書(ワーキングペーパー)を公表している(00339/09/EN,WP158)。これも参考に米国の越境的e-Discoveryをみてみよう。ここでは米国の越境的e-Discoveryは、米国訴訟の外国訴訟当事者の関係者に対して、直接的に米国内と同様に電子的情報(ESI)を対象にしたディスカバリを指すものとする。
まず、司法制度を異にする国においてESIの提出を要求される者には脅威である。特に、大陸法諸国は証拠収集における当事者の役割、証拠収集が司法権の行使にあたるかについて立場を異にするため、米国のディスカバリ制度には強い拒絶反応がみられる。
そもそも越境的ディスカバリについては、これまで証拠の開示・提出を要求する当事者の代理人である弁護士が行う証言録取が、外国による裁判権行使にあたり自国の主権を侵害する危険があり、国際民事証拠共助制度によるべきであると主張される。諸外国では自国内で事実上ディスカバリによる証拠収集が行われることを阻止する目的の規定を立法する国もある。
これに対して、米国では外国会社であっても米国で活動する以上米国のディスカバリに従うべきであるという考え方、また、例えば証言録取も私人である弁護士が行うものであるから司法権の行使に当たらず主権侵害の余地はないという考え方、さらに、司法共助に要する時間、コストそして目的達成の保証がなくディスカバリによることが優れているという考え方を理由に、越境的ディスカバリが行われている。
このような無敵ともいえる米国による越境的ディスカバリは、ディスカバリの対象がESIになっても基本的には変わりはないようである。しかし、無敵の越境的e-Discoveryに対して、米国を悩ませるのがEUデータ保護指令である。プライバシー保護を目的としてEU域内での個人情報等のデータの処理やEU域外へのデータの転送を規制する法制の締約国での整備を命じる。EU諸国で行う越境的なe-Discoveryも域外の米国へデータを転送することが必要であるから、規制の対象になるものなのかが問題になる。EU諸国から見れば、民事証拠共助制度によらないディスカバリを排斥する防護壁の役割が期待できる。とくに、e-Discoveryの重要な部分を占める電子メールなどの事件の鍵となる関係者のコミュニケーションは個人情報を必然的に含むものである。他方、米国の立場からすれば指令に従う形でなければe-Discoveryが行えない不都合が生じる。
そこで、米国裁判所は、指令に従わないことによる不利益とディスカバリ命令に従わない場合のサンクションのどちらが賢明かという選択を当事者に迫る場合もみられる。すなわち指令に従わないと判断され当事者に直接的に不利益を課されることが可能性としてはあったとしても現実的ではないのであれば、ディスカバリ命令に従わないことの合理的な理由がなくサンクションを科してでも実行させるべきであると考えるのである。
しかし、このような米国裁判所の強気な態度は、米国訴訟において被告のフランスの銀行に対してテロに関わる口座情報等のディスカバリの要求がなされた事件について、その後本国フランスで弁護士個人に対し越境的ディスカバリ対抗規定に違反するとして罰金刑が科された事例が登場することで修正せざるを得なくなった。米国の裁判所もEU側の当事者にデータ転送により現実に禁固刑を含む重い刑事罰が科される場合を除いて、ディスカバリの要求ができると一歩後退することになる。
この問題点については、米国商務省によるセーフハーバー枠組と呼ばれるデータ保護認定制度も重要になる。本来米国企業がEUデータ保護指令に対応して米国へのデータの転送・処理を可能にする仕組みして作られ、2001年にはEU委員会との間で指令に従うことの代わりとなるモデル契約等の合意が整えられた。セーフハーバー枠組みがe-Discoveryでも利用できるのではないかと考えるのである。
2つの点に注意が必要である。まず、この枠組が利用できる企業の業種に制約があるため、ディスカバリを要求する側の企業がこの枠組が利用できない場合には、データ保護指令が大きな壁になるのである。次に、データの転送が裁判手続等により必要な場合には禁止から除外され得る定めがある。しかし、ディスカバリが私人による任意の行為であることを強調すると指令により規制され、裁判手続であるとすると国際民事証拠共助により行うべきということになる。
このように、EU諸国も米国もEUデータ保護指令に従って米国の越境的e-Discoveryにどのように対応するのか検討することが重要になる。米国ではe-Discoveryの実務上の問題解決を積極的に検討しいる米国のセドナ会議(The Sedona Conference®)は、早くから越境的e-Discoveryの検討を進めてきており、”Framework for Analysis of Cross-Border Discovery Conflicts: A Practical Guide to Navigating the Competing Currents of International Data Privacy &eDiscovery”の完成を急いでいる。パブリックコメントを考慮に入れつつ、本年6月にバルセロナでの国際会議において議論が予定されている。
今回、EUデータ保護指令29条検討委員会が2月11日付けで公表したワーキングペーパーはEU諸国が米国の越境的e-Discoveryに対してどのように対応すればよいのかという具体的な細則やガイドラインを定めるものではないと付言がある。ワーキングペーパーでは米国側の情況を説明するものとして前記セドナ会議の検討中の枠組みも参考にしている。そして、証拠収集を行うのであればハーグ証拠条約等に従った国際民事証拠共助により行うのが基本であるという従来のEU諸国の立場を確認することに重点があるとみられる。今回のワーキングペーパーの公表で、米国とEUの間で対立が強まることはないが、立場の違いが完全に埋められたものともいえない。そのため、米国実務もこれまで通りディスカバリを行いつつEUの今後の動向を注視するようである。
ひるがえって、日本に目を向けると個人情報保護法により個人情報の保護が定められているものの個人情報取扱い事業者を規制する事業法としての役割が主であり、違反者自身に刑事罰を科すものではない。そのため、前述のフランス弁護士のような事態が生じず、米国の越境的e-Discoveryとの関係では、個人情報保護法は防護壁として機能するわけではない。とはいえ、日本が越境的e-Discoveryへの対抗的な立法をすることは日本の当事者を板挟みにして不利益を負わせ問題の解決にはならない。証言録取については領事官により在日領事館で行うものに限定する方向で一応の着地を試みていることに鑑みると、日本に切り札があるか不明ではあるが、今後増加する越境的e-Discoveryについても少なくとも日本の対応を明らかにしていく必要がある。