第117号コラム: 池上 成朝 幹事((株)UBIC 取締役副社長 フォレンジック事業部 上級分析官)
題:「国際競争とデジタル・フォレンジック2(知的財産編)」

 前回までは、フォレンジック及びディスカバリの発展及び国際競争が日本企業にいかにデジタル・フォレンジック技術の導入を促してきたのかを説明してきました。今回は国際競争の中でも特に知的財産をめぐる国際競争がどのようにデジタル・フォレンジックに関係しているかにフォーカスして考えてみます。

 技術立国である日本の知的財産への意識は大変高く、海を越えた米国での特許登録数でも日本企業は常に年間登録数トップ30社の中に多く入っています。一方特許権を維持する為にはコストが掛り、数多くの特許を維持する為に日本企業は巨額の費用を支払っています。しかし技術トレンドは日々変化し本当に自社にとって必要な特許は何であるのか常に技術・知的財産部員の間で精査が続けられています。その様な中で前回のコラムで記述した国際競争激化により、企業の統合・再編が進みその中でも特許の権利保持者が変化していくことが多くなってきました。企業再編においては企業の価値査定が重要になり知的財産の内容、関連技術の成長性は企業価値査定の中心部分になっています。トレンドに乗った特許を多く持っていれば、それだけ企業価値を高めていくことが出来ますし、社会の注目を集めることもでき企業としては非常に有利な立場になります。企業の中には再編や企業統合より必要な特許を購入し、より早く技術的に優位に立つことを望む場合もあります。特許価格は様々ですが、リサーチや交渉など非常に複雑なプロセスを経て売買が進むわけで売買の成功の可否が企業の成長にも大きな影響を与えます。しかし複雑なプロセスを経て獲得した特許の価値が査定と実際は違うケースも出てきています。実際には特許の権利者が移動していたり、特許権利者が同様の技術で訴訟歴を持っていたりというケースが多く出てきたのです。そこで特許権利を持つ企業や権利保持者を購入前に調査する重要性が増加しています。調査目的としては特許を販売する企業において購入者の認識していない特許権の移動が無いかや技術漏えいが相次ぎ類似品が大量に出回っていないか、また特許権者との利害関係者が類似特許を保有していないかなどの特定が主になります。仮に人的背景調査で問題点が出てきた際などは電子メールの開示を早急に要請しデジタル・フォレンジックを用いた深い調査が必要になってきます。このような調査は早い時点で特許売買の大きなリスクを洗い出すことができ、結果的には売買を中止してしまうような大きな問題を早期に見つけることができ、最終的に企業の特許売買コストを下げる為に役だっています。

 これまで特許売買でのデジタル・フォレンジックの有効性を述べてきましたが、特許訴訟においてもその有効性は年々高まっています。アジア地域での特許裁判に於いて特許権者が訴訟において勝つ確率は低く、時間も掛る為、あえて米国での紛争解決を望む企業が増加しています。訴訟の争点として誰が先に開発したのかが主な争点になりますが、デジタル・フォレンジックを用いた調査なしでは判別が難しい案件も存在します。例えば現在は争っていますが、10年前には技術協力体制をとっていた企業同士での紛争のケースです。その様な場合、共同セミナーなどを通じお互いに技術を共有していますし、秘密保持の範囲が曖昧であった案件も存在します。その様な中でデモ版という形で争点となっているソフトウェアを共有していた例が実際に存在しました。10年前の行動を再現するにはデジタル・フォレンジックを用いた調査が非常に有効になります。当時の担当者は部署を異動し、当時の状況を知る関係者も、誰が主に関わっていたか程度の事しか記憶していませんでした。一方技術者の多くは当時のデータや電子メールをどこかに保存していますから、たとえ10年前であろうと数十人のパソコンやサーバーのデータを調査すれば、どのような資料を当時の提携先企業と共有していたかが明らかになります。このような電子的証拠と弁護士の聞き込みによって得られる物理的証拠、例えば個人のスケジュールノート等があれば、当時の状況を鮮明に再現する事ができます。また複数の電子メールやプレゼンテーション資料を解析することにより、内容改変は困難になりますのでより証拠性の高いコミュニケーション内容を訴訟関係者が把握しながら当時の状況を思い返すことができます。このように正確な解析が出来ることになった事はデジタル・フォレンジックを用いた証拠解析・証拠開示の一つの恩恵であると言えます。

 ここまで見ていくと、デジタル・フォレンジックを用いた証拠開示や調査は、アジア企業がこれまで米国弁護士に依存していた知的財産に関する紛争解決をより自主的に解決する一つの道具になってきていると捉える事ができます。「論より証拠」といった言葉が示す通り、適切な証拠が裁判に提出されれば、たとえ困難な状況でも進行を有利に変えられるかもしれません。我々はコミュニケーションの困難さにより今日まで各企業が苦労してきた国際訴訟も、前述したような明らかな証拠を早期に適切に提示できるようになればコミュニケーション格差による不利な状況を変えていくことができると考えています。現在このような状況を踏まえ知的財産に関する企業実務者の中にはデジタル・フォレンジックを用いて独自に証拠を有利に提出する仕組みを作ろうとする人々が出てきました。彼らは自らのデータを適切に抽出する仕組みを作り、米国弁護士に法的リスクを確認し、最新の技術トレンドを調査しながら企業内での証拠開示システム構築を目指しています。
今回、特許活用及び特許訴訟とデジタル・フォレンジックの関わりについて考えてきましたが、年々日本を含むアジア企業において知的財産をめぐる競争でデジタル・フォレンジックの有用性の認識が浸透してきました。数年前まではデジタル・フォレンジックを活用しなくても進めることが出来た紛争解決も現在は困難になってきています。我々は、より知的財産を効果的に活用するために、今まで以上に知的財産権関係者がデジタル・フォレンジックの効果について深く考えるべき時が来ていると考えています。

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