第143号コラム:和田 則仁 理事(慶應義塾大学医学部 一般・消化器外科 助教)
題:「デジタル・フォレンジックと外科」

 医療には不確実性があります。患者さんにはなかなか理解しにくいことかもしれませんが、最善を尽くしても良くない結果が起きることがあります。すなわち同じような治療を行っても結果は同じとは限らないのです。

 外科手術には微妙なことが多く、例えば、切開するラインが1mmずれるだけで、癌を取り残すことになったり、逆に正常な組織を損傷したりすることもあります。薬物療法であれば、処方箋は教授が書いても研修医が書いても出てくる薬は同じですが、手術はそうはいきません。やはり技術や経験の差が結果に出ることがあります。外科医は手術がうまくなりたいので、日々手技の向上を目指して研鑽に努めます。手術のビデオを撮影することもありますが、それを後から見なおして、「この場をこう展開していれば、もっと効率的にできたな」とか、「もう少しこっちを切れば出血が防げたな」というふうに、今後の自分の手術へのフィードバックを考えます。特に結果が悪かった場合は、いろいろと勉強して、どうすれば良かったかを真剣に考えます。このようにして経験を積んで、専門医を取得し、質の高い手術を行ったとしても、合併症のような患者さんにとって好ましくないことはある一定の確率で起きます。治療で治る合併症もありますが、後遺症として後に症状を残すものもあります。そのようなときは、患者さんも辛いわけですが、われわれ外科医も悩みます。やはり「あの時こうしていれば…」などと考えるわけです。医療の結果は、治療の内容だけではなく、患者さんの病状や環境因子など様々な要因が影響して決まるので、どのようにやっても結果がどうなるかはわからないので、悩んでも仕方ないのですが、でも「しょうがない」で片づけることはできません。このように医療の不確実性は避けられないのが現実なのです。

 先日、ある知り合いの外科医の良からぬ話を聞きました。手術の時に腫瘍の近くを切ってしまい、腫瘍細胞を取りこぼすような状況になったのだそうです。もちろん単純ミスではないとはいえ、このようなことは好ましいことではありませんし、回避すべく研鑽に努めるわけですが、しかし可能性をゼロにはできないのです。私自身も以前同様のことがありました。その時は腫瘍細胞を完全に取り除くべく徹底的に洗浄するなど、リカバリーショットに最善を尽くしました。そして術後に、言いにくいことではありしまたが、患者さんに誠意をもって事情を説明し理解していただきました。その後は、腫瘍の再発にビクビクしながら、注意深く患者さんの経過を見させていただきました。途中、私の勤務先が変わりましたが、患者さんには新しい勤務先に通院していただくという特別の対応もいたしました。幸いなことに、5年が経過して再発の兆候がないため、事なきを得たのですが、生涯忘れえぬ患者さんといえます。しかし、その知り合いの外科医は隠蔽を考えたのです。手術記録やカルテには一切その事実を記載せず、もちろん患者さんにも伝えていませんでした。その腫瘍は適切に切除していれば根治はほぼ間違いない病気ですが、先ほど述べたように「医療の不確実性」から、わずかですが再発する可能性はあります。彼はこの不確実性を隠れ蓑にしようとしたわけです。再発した場合には「残念ですがたちの悪い腫瘍でした」と言えば済むのですから。結局は手術の助手をしていた若いドクターによりその事実が明らかとなり、上司の指導の下、適切な対応がされたようですが、一つ間違えば、医の倫理に著しく反する行為が行われた可能性がある事例でした。

 これは、隠そうと思えば隠せる、という状況に彼が誘惑されたとみることもできます。もし手術の映像が記録されていて、改竄も消去もできない状況で残されていれば、彼は隠蔽を考えることはなかったでしょう。多くの病院では医師は端末からすべての患者さんの情報を見ることができるようになっています。これは緊急時にも支障なく診療ができるようにという配慮と、そもそも医師には法律で守秘義務が課されていることも関係しています。つまり私も慶應義塾大学病院に入院した有名人や知り合いの医療情報も見ることができるわけです。しかし、私は絶対に見ることはありません。それは私が高い倫理性を持っているからではなく、もし患者データを見ればアクセスログから私が覗き見をしたことがバレるからであります。このようにITは医療従事者が倫理的に行動するのを促すことができるはずです。古代ギリシアで「医学の父」とされたヒポクラテスは医の倫理の原点とされる「ヒポクラテスの誓い」を残しています。紀元前4世紀の昔から医療職には高い倫理性が求められており、それは現代も未来も変わることはありません。しかし倫理性に過度に依存するだけでは、患者さんの権利を守るのに十分とはいえないでしょう。

 デジタル・フォレンジックとは『インシデントレスポンスや法的紛争・訴訟に対し、電磁的記録の証拠保全及び調査・分析を行うとともに、電磁的記録の改ざん・毀損等についての分析・情報収集等を行う一連の科学的調査手法・技術』とされます。もちろん医療事故や法的争いの後の電子的医療情報の分析技術は重要であることは言うまでもありません。しかし私は、医療情報を改竄不能あるいは改竄を検知できる状態で記録することで、不正を予防し、医療従事者と患者との間に信頼関係が築かれ安心して治療に専念できるようになる技術開発にこそ、デジタル・フォレンジックが貢献することを期待しています。

 今どきの電子カルテの情報は既にフォレンジックだと言えます。電子カルテに入った情報を書き替えようと思う医師はまずいないと思います。しかし手術の映像となると、これをフォレンジックに残すことは容易ではありません。これには制度的、技術的課題が山積しています。現在、手術時の動画像の記録・保存に関して明確な取扱い基準はありません。現状は最初に述べたような術者のquality controlあるいは学術利用を主目的として、術者の判断で記録され、術者により保管されていることが一般的です。手術の術野画像撮影に関しては、2008年10月、全国国立大学病院手術部会議幹事会の提言によりIC取得やプライバシー保護の必要性が示されましたが、学会や行政によるガイドラインはありません。法的根拠や費用負担等も踏まえた制度の整備が必要と言えましょう。また技術的にも、現在主流となっているハイビジョン映像を効率よくフォレンジックに残すことは、困難な状況です。しかし、一つひとつ問題を解決し、外科におけるフォレンジックな映像記録システムを構築できれば、医師にとっても患者にとっても有意義であるはずだと思います。

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