第222号コラム:和田 則仁 理事(慶應義塾大学医学部 外科学 専任講師)
題:「手術映像の保存とデジタル・フォレンジック」
近年の映像に関する技術の進歩は目覚ましいものがある。外科学では新しい手術手技をビデオで発表することがよくあるが、10年ほど前まではVHSテープをアナログでビデオ編集するのが当たり前であった。プロの手を借りてスタジオで1日がかりということもしばしばであった。しかし今や私のような素人でもノートパソコン1台あれば2、3時間でできる作業になった。ソフトの進歩、CPUの高速化、ストレージの大容量化によるところが大きいといえよう。数百ギガ~テラ・バイトのデータも個人レベルで容易に取り扱えるようになった。通信技術の進歩も著しく、HD映像の配信が可能な大容量回線も安価となってきた。ビデオ・サーバーも業務用だけではなく、民生用も登場し普及が進んでいる。テレビ会議システムも、HDの高精細映像が標準となりつつあるのは、まさにこのようなさまざまなレベルで技術革新が進んだ相乗効果によるところが大きいといえよう。
このようなAV技術・ITの進歩は、医療にも革新をもたらしている。内視鏡は日本が世界をリードしている分野のひとつであるが、20年ほど前まではファイバースコープが用いられていた。すなわち光ファイバーを束ねて体内を見る内視鏡が用いられていたのである。その時代の内視鏡検査の記録は、手書きのスケッチであった。B5の紙1枚に、肉眼で見た所見を絵で描き、コメントを書き込むという方法である。8mmの小型カメラを取り付けて記録することもできたが現像するまで映像を確認することはできず、撮影枚数は20枚に限定されていた。また観察と撮影は別個に行う必要があり、見るのも専用のプロジェクターを必要とした。今では、撮影枚数に制限はなく通常は50~80枚程度撮影されることが多い。撮影した写真をその場でレポートに貼り付け、コメントを付けて検査報告書とする。当然このデータは電子カルテに残り、院内いつでもどこでも参照することができる。最近のCTは一度に何百枚もの画像を作り出すが、このような多量の画像もPACSと呼ばれるシステムを通して病院端末に表示される。すなわち、電子カルテでは静止画はもはや完全に克服したといえよう。
手術の記録はいまだにスケッチとテキストである。手術診断、術式、術者名、助手名、手術時間、出血量、麻酔法のようなサマリー情報と、手術の内容の詳細を絵付きで記したA4で2ページほどの記録である。書くのは術者で、当然のことながら主観的なデータである。記録という観点からは、腹腔鏡手術はお腹の中を腹腔鏡で映し出しテレビ画面を見ながら行う手術であるため、手術の映像を動画として記録することは容易である。しかし録画された手術のDVDディスク(以前はVHSテープでした)は、一般に術者が自らのquality controlあるいは学術利用を主目的として、術者の判断で記録され、術者により保管されている。これは紙を前提としたカルテや現行の電子カルテには保管場所が限られているという事情も関係している。したがって映像が残されているかどうかさえ定かではない。改竄や差し替えの可能性も否定できない。開腹手術となると、わざわざカメラを設置して術野を取る必要があるため、特に必要がなければ録画をすることはなく、普通は手術の映像は術者の頭の中に残るだけである。
しかし先述のごとく、動画取り扱いのハードルが下がってきたことから、手術の映像を診療の記録として蓄積している事例が登場してきた。病院として映像を保存する点で重要な意味をもつ。術者の好むと好まざるとにかかわらず、すべての手術の映像が残されるのである。腹腔鏡の映像は容易に撮れるが、開腹手術は、無影灯というお腹を照らすライトの中央にテレビカメラを取り付けて撮影する。無影灯は自然と術野を向いているので好都合なのである。重要なポイントは専属の管理者がいて、各手術室の映像を中央で監視し、録画・整理しているのである。技術的な問題のない限り、原則すべての手術映像が記録されることになる。すなわち何かあった場合に確実に事後的な検証が可能となるのである。これは手術のあり方を変えるインパクトがある。これまで密室であった手術室が、オープンになるのである。透明性が高まるのは結構なことであるが、公開を前提とする記録は、記録する側も身構えることになる。例えばカルテに記載する文言は、当然のことながら言葉を選んで書くことになる。カルテ開示請求により患者の目に触れても差し支えのないことだけを記載するのである。同じことが手術に言えるわけで、手術の映像を病院に残すとは、差しさわりのない手術をする、と同義ともいえよう。このことが、外科医療にとってどのような意味を持つのかは定かではないが、野放図な録画の推進は百害あって一利なしであることは間違いない。手術の録画に関して、当局よりガイドラインが示されるべき時期に来ていると、一外科医として感じている。ガイドラインには、様々な角度から知恵を絞る必要がある。医学的、技術的、法的、経済的問題が想定されるが、デジタル・フォレンジックの概念は必須といえよう。本研究会においても、いずれご議論いただく必要があると思う。
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