第223号コラム:伊藤 英一 幹事(新潟県立新発田病院 循環器内科)
題:「病院情報システム管理人の悩み(のひとつ) 医療情報とデジタル・ジレンマ」

<診療情報の保存期間>
診療録の保存期間は医師法第24条に5年間と定められている。一般的には診療が完結してから後の5年間が保存期間であると解釈されていると思う。現在は医療機関間の連携が盛んになっており、ひとりの患者をその時の病状等に応じて複数の医療機関で対応することが珍しくない。そのような仕組みとして地域連携パスなどと呼ばれたりしているものもある。生活習慣病と言われる病気は経過が長く、治すよりも付き合っていくようなものであることが多い。そうすると、診療が完結したという判断は一医療機関だけでは難しい場合が出てくるし、そもそも診療が完結したとは言いにくい。

こういうこととは別に、平成14年の薬事法改正で、生物由来製品の特性に応じた安全対策の充実を目的としてその使用情報を少なくとも20年間保管することが法制化された。その理由は、生物由来製剤には「1.未知の感染性因子を含有している可能性が否定できない場合がある。2.不特定多数の人や動物から採取されている場合、感染因子混入のリスクが高い。3.感染因子の不活化処理等に限界がある場合がある。」ことからである。血液製剤によるC型肝炎感染では感染が起こったと考えられる時期から20年以上経過した後に該当する血液製剤の使用履歴を探すことが求められたし、ヒト乾燥硬膜によるクロイツフェルト・ヤコブ病では潜伏期間が10年を超えていたため、生物由来製品の使用情報を長期間保存する必要性については理解できることである。なお、感染症の情報は医療に関する個人情報の中でも特有の問題を有している。感染者のみならず感染者の「関係者」の個人情報にもなり得る面があるからである。

<電子カルテ>
いわゆる「電子カルテ」と言われる情報システムが数百床以上の規模の病院に導入されるようになって約10年が経過した。最も早い時期の導入のひとつは1999年に稼動した島根県立中央病院であったと記憶している。私の勤務先は2006年11月に移転新築し、この時に「電子カルテ」が導入された。既に導入から6年が経過しようとしている。導入時の予定利用期間は5年間で、その間に発生するデータ量を推計してディスク容量を定めたが、放射線画像は容量不足が明らかとなってしまい、5年を待たずに増設が必要になった。

最近は、情報システムの更新に向けて議論したり、主にベンダからであるが意見を聞いたりする機会が増えている。よく耳にする話は増加するデータ量に対応すべく、ディスク容量を増強するとかクラウドの利用とかである。そこで「医療を続ける限り診療データは増え続けるが、その全てを同じように扱うことが必要なのか?その全てを保存し続けることが必要なのか?データのライフサイクル管理について何か対応策はないか?」尋ねると、「では、どうしたいのですか?」と逆に尋ねられることになる。

古い診療データは現在進行形の診療でのデータほどに速い参照性は求められない。「古いデータが出てくるのは多少遅くても構わないので長期保存を主目的とした保存系(とでも言うべき系)に置けないか?その区別はこちらから候補を挙げるしかないだろうが、そういう議論は可能なのか?」この問いには、切り口次第と答えられることが多い。この時に想起していたのは放射線画像のことであった。放射線画像データの保存装置は、2000年代初頭には光学ディスクとハードディスクの組合せであった。光学ディスクはチェンジャーに格納され、参照速度は遅くなるが光学ディスクを用いることで保存可能なデータ容量を確保するということだった。その後間もなく、ハードディスクの価格が下がったことが要因だったと記憶しているが、画像データの保存は大容量ハードディスクに取って代わって今に至っている。光学ディスクの寿命をどの程度に見積もるのが適正なのかは知らないが、当初予想されていた以上に耐久性がある、ハードディスク以上にある、というのが前世紀からCDを焼いていた者としての実感ではある。

<超長期保存性?>
上述の議論に更に加えて「そもそもデジタルデータの長期保存性を期待してよいのか?」を尋ねると、実はよく分らない、それは技術的にも経済的にもよく分らないらしい雰囲気が伝わってくる。
診療録電子化に際しての保存性について、「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」では「保存すべき期間中において復元可能な状態で保存することができる措置を講じていること」が制度上の要求事項である。保存すべき期間は前述の通り、機械的に決められるものではないし、「生涯カルテ」という考え方が唱えられている現在、保存すべき期間は人の一生分と言わざるを得なくなってきていると感じる。しかしそれは「本当に」可能なのか、実現した「事例」があるはずもなく、本当は不可能に近いのではないかと個人的には結構疑問に思っていたところである。

 そういうことをずっと思っていたところで月刊「新医療」の連載「新医療IT用語辞典」で「低コストで長期保存をめざす」という見出しを見つけた。以下に引用する。

「最近知ったのですが、2011年度アカデミー賞の科学技術賞は、富士フイルムの映画長期保存用黒白レコーディングフィルム「ETERNA-RDS」が受賞しました。(中略)私はデジタルの素材をアナログで保存する手法が、最先端の保存技術になっているという事実に大変驚きました。現在の映画の多くがデジタルデータとして製作されているにもかかわらず、デジタルでの保存はメディアの劣化や再生機器の寿命など、長期的な視点で見れば確実な保存を脅かすリスクが大きく、維持のためのコストもフィルム保存の11倍もかかるというのです。(中略)情報の検索性や完全性は多少犠牲にしても、そこそこの見読性を長期間保持することがアーカイブの使命なのです。」

 いわゆる「デジタル・ジレンマ」の問題である。個人的にはずっと疑問に思ってきたことなので、このように明確に指摘されると大変すっきりした感じはする。フィルム・アーカイブの領域では、デジタル化されたデータを200年守ることが可能かという問いが立てられ、それは不可能と判断されたという。これは1980年代後半の議論だが、現在もその見解は修正されていない模様であり、そうした状況の中で2011年度アカデミー賞化学技術賞が決まったものと思われる。医療の記録には、特に一旦終了した医療の記録はアーカイブの性質が強くなる。一方、例えば生物由来製剤の使用履歴情報には検索性が欠かせない。電子カルテ画面から見える情報は、各部門システムに散在しているのが普通であり、その関係性を維持しながら長期保存性を確保することはなかなか困難なことのように思える。医療情報の領域でデジタル・フォレンジックということを考える時に、人の生涯に渡るような超長期性を考慮する必要がある可能性があると感じる次第である。

<余談>
タイトルに挙げた「悩み」のもうひとつは、「電子カルテ」システムの更新が進まないことである。ハードウエアはメーカーの保守期限を過ぎると維持が困難になる。それだけのことであるが、その理解を得られないのは管理担当者としては結構耐え難い「悩み」である。これも「デジタル・ジレンマ」への理解不足ゆえのような気がするが、それは牽強附会(けんきょうふかい)というものかもしれない。ちなみに、例として挙げた島根県立中央病院は導入5年後に更新を果たしている、羨ましいことである。

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