第221号コラム:松本 隆 理事(ネットエージェント株式会社
 フォレンジックエバンジェリスト)
題:「アノニマス・アナリティクスとアノニマス」

アノニマス・アナリティクス(以下AA)。あまり聞き慣れない言葉かもしれないが、AAとは“あの”霞ヶ浦のサイトをハッキングしたことで話題になったアノニマスが手掛ける合法的なInvestigative Journalism(調査報道)である。
AAのメンバーには、様々な国や地域から、コンピュータやデジタル・フォレンジックの専門家、会計士、弁護士など各分野の専門家が参加していると言われている。

AAはウィキリークスと同様に、告発者の匿名性を担保した形で内部告発を受け付ける。告発者へのインタビューやフォレンジックの技術を用いて、情報の信頼性やデータの改ざんの有無などを入念にチェックした上で、広く世間に公開するスタイルを採用している。
ただしウィキリークスとの違いは情報の公開方法だ。ウィキリークスが入手した生のデータを無編集で公開することにこだわるのに対し、AAは独自の調査結果を加えて編集した報告書を、可読性の高い英語のPDFファイルとして公開する。
彼らには、「ウィキリークスのように生のデータを単に公開するやりかたでは、せっかくの価値ある情報が民衆に正しく伝わらない。論点を整理し、わかりやすく情報を付け加え、広く理解してもらえる報告書として公開すべき」というポリシーがある。この点が、AAが自らを調査報道であると主張するゆえんだ。

AAのサイト(*1)が立ち上げられたのは最初の報告書(*2)のリリース日、つまり2011年9月26日だ。その報告書によると、2011年9月5日がオペレーション(アノニマスは目的別の組織的活動のことをオペレーションと呼ぶ)の開始日とされている。
ただし報告書は2010年の夏にターゲットであるChaoda Modern Agricultureの経営陣とミーティングを行なった事実について触れている。AAは最初のターゲットを選定し報告書を作成するにあたって、実に1年にも及ぶ入念な準備と下調べをしていることが伺える。

AAのサイトには、2012年7月の段階で3つの報告書が公開されている。いずれも中国系企業による不正行為をターゲットにしており、報告書の品質は軒並み高い。表現は非常に辛辣で、ターゲットは上場廃止になるだろうと指摘されているケースもある。報告書で不正を告発された企業の多くは株価を下落させ、取引停止となった企業まで存在する。
もともとAAでやり玉にあげられる企業は、黒い噂が絶えない状況であることも多く、報告書と取引停止の直接的な因果関係を説明することは難しい(*3)。
しかし、アナリストや投資家たちが、AAの報告書のターゲットとなった企業の対応に一定の注目をしているというのは、報道を見る限り事実のようである。(*4)

分からないのはアノニマスがAAを立ち上げた理由である。場当たり的に開始される他のオペレーションとは違い、AAは妙に組織的、計画的な活動を匂わせる。アノニマスは何を目的として調査報道に乗り出したのだろうか?そしてなぜ中国系企業ばかりを執拗にターゲットとするのだろうか?
これらの疑問に関して、今年に入ってインタビューや報告書で、興味深い発言が出ている。例えば今年7月に公開された報告書(*5) では、AAが中国系企業を狙う理由について、彼らは次のように説明している。

「中国系企業を暴露してきたのは彼らが資本主義経済のなかで新参者で、不正を上手に隠蔽することに不慣れだったからだ。西側諸国の企業と比べより多くの不正に関わっているわけではない」
また、別のインタビュー(*6) では加えて次のような発言もしている。「ほとんどの中国企業は(西側諸国のようなサービスベースではなく)製造または生産をベースとしている。中国企業では工場に立ち入ったり製造ラインの写真を取得することがまだまだ容易である。しかしゴールドマン・サックスのオフィスだとそうはいかない…」

極めて興味深い発言である。AAは世界中から内部告発を広く受け付けているが、その中で最も組織的な悪事の隠ぺいに不慣れな企業にターゲットを絞っているということになる。告発する内容のインパクトよりも、内部告発をもとに彼ら自身が調査報道のノウハウを得ることを重要視しているように受け取れる。少なくとも現状で公開済みの3つの報告書に関しては。

これらの発想は、記事がもたらすインパクトを重要視する既存のジャーナリストのものではない。攻撃対象を片っ端からスキャンして脆弱な箇所を見つけ出し、手当たりしだいに攻撃し突破する。そして、オペレーションのたびに着実にノウハウを蓄積・共有していく。AAは我々が想像するジャーナリストではなく、まさにハッカーとしての思考プロセスで活動している様子が読み取れる。

さて、AAは7月の報告書である重要な発言をしている。それは私にとってかなり興味深い内容だった。
「我々は(中国企業だけでなく)いま西側諸国の企業の数社をターゲットとしている。年内に最初の報告書をリリースできるだろう」もしかすると、AAの本来の目的はここではないのかと思う。オキュパイなどの反格差運動を支援したアノニマスのメンバーによって、いよいよこれからAA本来のオペレーションが開始されるのではないだろうか。中国系企業の不正告発によって調査報道としての経験を積んだAAが、ついに超格差社会を生み出す元凶に切り込んでいくということではない
だろうか…。

AAによる告発は、対応を間違えればWebサイト改ざんやDDoSなどよりよほど大きなダメージをターゲット企業に与える。オリンパス事件や違法ダウンロード刑事罰化に起因するオペレーション・ジャパンなどで日本が注目される中、いつ日本企業がAAのターゲットとなってもおかしくない。その際に毅然と対応できる企業が、果たしてどれくらい日本に存在するだろうか。もう“その時”はそこまで迫っているのかもしれない。

(*1) ”Anonymous Analytics” http://anonanalytics.com/
(*2) ”Chaoda Modern Agriculture 11 Years of Deceit and Corporate Fraud”

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(*3) 最初にリリースされた報告書で、結果的に取引停止となった超大現代農業についての報告書の公開タイミングは非常に興味深い。AAによる報告書が公開されたのが2011年9月26日。奇しくもその当日に同社は株取引の停止となっている。同社は以前から粉飾決算など数々の黒い噂が絶えない企業で、取引停止のタイミングを見ても報告書が直接的な原因となったとは考えにくい。しかし、結果的にはターゲット企業の取引停止という強烈な話題性によって、AAは報告書の価値を実質以上に高めることになった。AAは取引停止のリーク情報を実は事前に得ていて、手持ちの材料で最大のインパクトを狙ってハッタリをかましたのでは、などと色々妄想するといかにもアノニマスらしくて面白い
(*4) 一瞬持ち直したがズルズルと下落中。ただAAの批判に対し即座に情報公開した対応は評価されている
“Qihoo 360 Technology (QIHU) Gains 6.2% After Rejecting Claims from Anonymous Analytics
” http://www.marketintelligencecenter.com/newsbites/1361653
(*5) “Qihoo 360 When a Nigerian Prince files for IPO”

クリックしてQihoo.pdfにアクセス


(*6) “A conversation with the mysterious Anonymous analysts who are exposing
fraud and corruption in Chinese companies — and taking them down”
http://www.foreignpolicy.com/articles/2012/04/26/financial_secret_services

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