第279号コラム:古川 俊治 理事
(慶應義塾大学大学院 法務研究科教授・医学部外科教授、参議院議員)
題:「医療番号法案に向けて」

社会保障・税番号(マイナンバー)法案が成立し、2016年1月から利用開始が予定されている。しかし、この新制度の主たる目的は、より漏れの少ない所得把握と、役所事務の効率化である。もちろん、消費増税に理解を得るためにも公平な所得課税の実施は必要であるし、また、社会保障を中心とした煩雑な行政事務手続きが簡素化するならば、国民生活にとって有用であろう。しかし、新制度への対応のためのコストは、各地方自治体で最低数億円、民間企業で数千万から数億とも推計されている。その後のランニング・コストも含めて考えれば、制度のメリットは小さ過ぎる。

本コラムを読まれる皆様は当然ご承知のことであるが、今後の高齢化社会を乗り切るために真に有用な制度とするためには、対象の機能面の各種情報にリンクした別個の番号制度を創設する必要がある。中でも、医療・介護分野は、ICT利用による大きな発展が見込まれる分野であり、前政権下の閣議決定でも、マインバー制度創設後に、引き続き医療番号制度の創設へ向けた議論を進めることが明記されていた。既にレセプトを用いた各種分析は、保険者による保健指導や行政による医療経済調査に用いられている。一方、各地の医師会等では、ICTを用いて複数の医師や、多職種が診療情報を共有するシステム等を構築し、個々の患者・要介護者の診療・介護に役立てている事例が増えている。医療番号制度の創設により、診療情報の活用が一般化すれば、個々の患者の診療の質の向上・効率化はもちろん、希少な難病の病態や治療方法の研究を進めたり、医薬品等の副作用の分析にも用いたりすることが出来る。この過程で、ICT関連の産業にも新たな市場をもたらし、経済成長にも貢献すると思われる。さらに、仮に個人の生活スタイルの情報や遺伝的情報まで用いるとするならば、各個人に最も相応しい保健指導の方法や、将来罹患し得る疾患とその確率などが判明するようになる。もちろん、情報保護や医療倫理の面から多くの問題があり、医療界の中にも、政府が診療情報を利用して、医療費抑制や医療統制のために用いるのではないかとの懸念もある。しかし、少なくとも、医療番号の活用は、国民に、現代医療が達成可能な質的にも効率的にも最高レベルの医療を実現するためには不可欠といえる。

現政権下では、未だ漸くマイナンバー法案が成立したばかりで、多くの問題を抱える医療番号法実現へ向けた議論は芳しくない。臨床現場出身の議員として、制度創設へ向けて努力を惜しまない覚悟であるが、政治を進めるためには、やはり実務でご活躍いただいている専門家の皆様のご支援が必要になる。本コラムを読んでいただいた方には、是非とも、マスコミ、学会・研究会、その他様々な媒体を通じて、医療情報利活用の重要性を指摘していただきたい。

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