第290号コラム:和田 則仁 理事(慶應義塾大学 医学部 外科学・専任講師)
題:「手術動画映像の管理」

先日(2013年11月28日~30日)、福岡国際会議場で第26回日本内視鏡外科学会総会が開催された。この学会は腹腔鏡手術などの内視鏡外科手術に関する診療科横断的な学会で、外科、産婦人科、泌尿器科などの外科系臨床医が参加する学会である。会員数は1万人を超え、総会参加者も3千人以上という大規模な学会である。昨年8月に本コラムで「手術映像の保存とデジタル・フォレンジック」と題する拙稿を発表させていただいた。手術の動画映像を診療録として保存することの臨床的意義と問題点を提言したつもりである。その論点に関して議論を深めるため、昨年12月6日に同学会でシンポジウム「手術映像の保存―技術的進歩と運用上の課題」を企画した。公募演題を募り、全国の先進的病院で実際に行われている手術動画の管理方法の実態を垣間見ることができた。当研究会理事の古川俊治教授に司会をお願いし、動画管理の技術的問題とともに、法的・倫理的観点からも突っ込んだ議論を進めることができた。その時点で、既に一部の施設で手術動画とともに室内映像や血圧などの患者生体情報も同時に同期して保存するシステムが導入されていることには驚かされた。それから1年が経過した今年11月30日の同学会で再び「動画映像の管理と配信」と題するパネルディスカッションが企画された。わずか1年間の間に手術動画像の統合的記録配信システムが多くの病院で構築されているのには再度驚愕を禁じ得なかった。多くの場合、病院等の新築等に伴う新たな医療情報システム導入をきっかけに、手術室内の記録システムを導入しているが、背景として動画保存技術の進歩とストーレッジの低価格があるのは間違いないであろう。

実際、今回発表のあった施設のほとんどは病院内のネットワークを利用して、オンラインで動画を記録し、さらに配信する仕組みを構築していた。さらにテラバイト級のデータの二重化やバックアップも、予算にゆとりのある施設では、万全の体制がとられていた。動画のトラフィックが他の診療系システムに影響を与えないような工夫もとられている。このようなシステム的な問題は、数多くのベンダーが既存のシステムをほぼそのまま医療用に転用して導入することで解決しているのが実態である。しかし、それを運用に落とし込む部分が極めて未発達であるのが、この手術動画記録の闇の部分といえる。

たとえば、保存期間の問題がある。これが診療録であるとすれば、医師法により5年間の保存義務がある。しかし、さすがに5年間もの間、高画質の映像を残すとなると、最近はハイビジョン化や3D化が進んでおり、その容量たるや数百テラバイト以上になることが想定される。現実的には数か月後には画質を落として圧縮した映像のみを残すことになる。そもそも保存に求められる画質とはどの程度なのか、これは保存の目的による。学術的な目的であれは高画質でなければならない。すなわちハイビジョンであればハイビジョンのまま記録されていなければならない。一方、管理目的、つまり事後的に医療行為の適否を評価するためであれば、行われた医療行為が確認できればよいわけで、若干低画質であっても許容できる可能性がある。実際にどのようなファイル形式が適しているのか、コンセンサスは得られていない。まして日進月歩の領域である。近い将来、手術にも4Kが導入されることは間違いないであろう。その都度適切な保存についてコンセンサスを得ていく作業は大変なものである。

記録、保存の主体も問題であろう。従来は執刀医の判断で任意に記録が行われ執刀医によりテープやディスクで保管されていた。しかし、これを診療の記録として取り扱うのであれば保存と管理の主体は病院長となる。動画の閲覧権限も規定を整備する必要がある。現状、多くの施設では当該診療科のみが閲覧可能としているが、誰でも見られるようになっている病院もある。尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件の際に、動画の管理が問題となったが、社会的に注目されるような手術に関する医療事故が起きた場合、その映像が院内の誰もが見ることができるという管理方法は決して妥当とは言えないであろう。カルテ開示請求でビデオの全部または一部も開示するのかどうか決めておく必要があろう。記録、保存にかかる費用は誰が負担すべきなのかも難しい問題である。医師や病院を守るための記録であれば病院負担であるが、患者のための記録が主であれば患者負担も必要であろう。

患者の同意を取得すべきかどうかも難しい問題である。映像によっては、患者の顔や陰部が映り込む場合もある。むやみに他人に見られたくない映像ともいえよう。純粋に診療にのみ利用する記録であれば、いちいち同意を取得する必要はないのかも知れないが、一定の条件のもと診療目的以外で閲覧したり開示したりする場合があるとすれば、同意取得も考慮すべきと言えよう。一方で、同意を取得したにも関わらず、何らかのミスで動画が記録されていなかった場合、どう対処すべきなのか。確実に記録・管理するためには専門の管理者を置く必要があるが、その費用は誰が負担するのか。

上記のような様々な問題が存在し、本年の学会のパネルディスカッションでも議論が白熱した。対応は病院ごとにさまざまであり、一定のコンセンサスが得られることはなかった。これは医学的な問題というよりは社会的な問題が主であり、専門家によるガイドライン策定が求められるところである。医療従事者と患者との間に良好な信頼関係が築かれていくうえでも重要なことといえよう。

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