第319号コラム:町村 泰貴 理事(北海道大学大学院 法学研究科 教授)
題:「電子証拠の取扱いと訴訟法の違い」

日本では、証拠を規律する法が民事訴訟と刑事訴訟とで異なる。

これに対してコモンロー諸国、特にアメリカ法では、証拠法は民事刑事の共通のルールと言われている。確かにアメリカ合衆国の連邦裁判所規則としてのFederal Rules of Evidence (2009)は、民事手続も刑事手続も適用対象となる共通ルールではある。しかし、規定の中には、共通ルールのほかに、criminal cases の場合とcivil actionsの場合とに限定したルールがいくつも置かれているので、民事と刑事の区別なく共通のルールが定められているというのは不正確に過ぎる。

英米法か大陸法かを問わず、刑事裁判では「疑わしきは被告人の利益に」「無罪推定」の原則が採られ、民事裁判ではむしろ当事者対等が原則となっているので、証明責任ルールが異なるのは当然である。証拠の許容性についても、真実の追求という点では一緒でも、冤罪を防ぐという目的のある刑事とそのような目的はない民事とでは、当然異なる。

電子証拠の取扱いというレベルでは、本来であれば、民事と刑事とで根本的に異なるわけではない。書き換えやすく、複製と送信が容易なデジタル情報を裁判の事実認定資料として用いるためには、基本的にその固定化が必要であり、いつの時点の情報なのかという基準時が重要である。民事であれ刑事であれ、事実認定者(裁判官・裁判員ないし陪審員)が認識するためには、少なくとも見聞きできる形態にしなければならず、デジタル情報そのものでは事実認定の資料にならない。デジタル情報の大量性と検索・集計・分析可能性も、基本的には民事刑事を問わずに取扱いを考える留意事項となりうる。
従って、デジタル情報の原本性の確保、メタデータも含めた保全、その見読可能化、それぞれの過程における正確さの確保というレベルの規則は、民事刑事を問わずに妥当すべきものである。

しかし、証拠となるべき有体物や情報の収集と開示をめぐるルールは、少なくとも日本では、刑事裁判と民事裁判とで根本的に異なる。刑事裁判では訴追者側が強制権限をもって捜索差押えを行い、高度な分析能力をもった組織を用いることができるのに対し、被告人側はその成果を開示という形で再利用するしかない立場におかれる。電子証拠の特徴である大量性と検索・集計・分析可能性は、刑事裁判の訴追者側にこそ最も有用であり、その取扱いをめぐる規則の整備充実が最も必要とされている分野である。また、電子証拠の保全のためのルールも、差押え対象者による改ざん防止が本来の目的である。改ざん後の改変の防止も重要ではあるが、第一義的には差押えを受ける側の証拠隠滅を防ぐことが証拠保全の目的といえる。

これに対して民事裁判では、広範なディスカバリ制度のあるアメリカと異なり、日本法は基本的に自ら証拠収集・情報収集が可能な範囲でのみ収集する。相手方当事者や第三者から証拠や情報を収集できる制度はいくつかあるが、強制力を伴うものは限られているし、そのサンクションも限定的である。従って、電子証拠の保全の必要性や改ざん防止の必要性は、その前提が乏しい。むしろ、自らが保有する情報の原本性を証明する必要性から、保全の必要が導かれる。

このように、日本の裁判制度の下では、民事訴訟と刑事訴訟のルールの違いが大きく、電子証拠の取扱いをめぐるルールも基本的な目的が異なる可能性がある。このことが、個々のルールの細かい内容にも影響をあたえることだろう。

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