第325号コラム:石井 徹哉 理事(千葉大学 副学長 大学院専門法務研究科教授)
題:「来たるべきITS社会へ向けて」

政府は、平成25年6月の一連の閣議決定において、車車間通信、路車間通信等を用いた安全運転支援装置・安全運転支援システム及び自動走行システム等の構築によりヒト・モノの安全・快適な移動の実現を国家プロジェクトとして、安全運転支援システム、自動走行システムの開発・環境整備を図ることとしています。これにより、本年3月に官民ITS構想・ロードマップが策定されました(IT戦略本部・第4回新戦略推進専門調査会参照(平成26年3月24日))。これは、交通事故削減、交通渋滞緩和、高齢者等の移動支援等の観点から世界一のITS(高度道路交通システム)を構築することを目標とし、官民一体となった取り組みによる戦略方針とロードマップを策定するものです。これは、IT戦略にとどまらず、平成30年度に交通事故死者数を2500人以下とし、世界一安全な道路交通を目指すという政府目標にも関係しています。この官民ITS構想は、道路交通をめぐる多様な側面から構成されているためその概要は、上記会議における資料を参考にしていただくとして、ここでは、安全運転支援・自動走行システムを中心として、法とITとの交錯局面のいくつかについて、検討すべき課題を指摘したいと思います。

まずどのようなものを安全運転支援・自動走行システムとしているのかというと、運転支援システム高度化計画策定関係省庁連絡会議で、大きく情報提供型と自動化型の二つに分け、自動化型のうち、加速・操舵・制動のいずれかの操作を自動車が行うものをレベル1(単独型)、これらの操作のうち複数の操作を一度に行うものをレベル2(システムの複合型)、これらのすべてを自動車が行うが、緊急時対応はドライバーがするものをレベル3(システムの高度化)、すべてを自動車が行うものをレベル4(完全自動走行)とし、情報提供型及びレベル1を安全運転支援システム、レベル2ないし4を自動走行システムと定義しています。そして、レベル2及び3を準自動走行システム、レベル4を完全自動走行システムと呼びます。レベル1まではすでに市場化されており、レベル2を2010年代後半、レベル3を2020年代前半、レベル4を2020年代後半以降(今後見直しの可能性あり)に市場化することが目標として設定されています。

法制度の面で問題となるのは、自動車運転における運転者と自動運転システムとの役割分担に関することです。道路交通法70条は車両等の運転者の安全運転義務を定めるものですが、これは、同時に運転者が車両等を操作することを要求するものにもなっています。

「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。」

したがって、状況に応じて安全に運転可能であるという意味において、準自動走行システムまでは現行道路交通法上可能であるといえますが、他方で、ハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作していることもシステムに要求されることになります。また、道路交通に関する条約(いわゆるジュネーヴ条約、昭和39年条約17号)も、その8条1項において、「一単位として運行されている車両又は連結車両には、それぞれ運転者がいなければならない。」と規定し、さらにその5項で、運転者が常に車両を適正に操縦することが義務付けられています。そのため、レベル4の完全自動走行システムには、条約上の制約もあることとなります(なお、欧州諸国が主に加盟しているウィーン道路交通条約(1968年)も同様の規定があります。いずれにしても、完全自動走行システムの普及には、両条約の統合も含めた世界戦略を考える必要がありそうです。)。

法的な問題は、車両の運転者が当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作しているといえる条件は何かという評価基準にあります。制限的に解釈するのであれば、自動走行システムに対してつねに運転者の操作がオーバーライドできなければならないし、自走走行システムをオフにできる必要もあることになります。他方で、安全面を考慮するならば、運転者の操作で回避できない緊急時には運転者の操作を自動走行システムがオーバーライドできることも必要になるでしょう。最近普及しはじめた自動ブレーキシステムは、危険を認知することで自動車がブレーキをかけるものですが、レベル1の単独型であること及び緊急状況の回避に向けられていることから法に対する抵触がないものといえます(法解釈上は、自動車による緊急ブレーキの作動は、実は運転者が安全に運転しなかったことを意味し、運転者が道交法70条違反になるのではないかというマニアックな問題もあります。)。しかし、複合型となると一定の評価基準を必要とすることになりそうで、そうしないと、個別システムの適合性評価を個別にすることになり、不安定な制度となってしまいます。

自動走行システムに関する法的問題としては、交通事故における過失判断にあります。自動走行システムが市場化されたとしても、長期間自動走行システム搭載車両と非搭載車両とが道路上混在することとなり、搭載車両と非搭載車両とが混在した事故の発生が予想されます。この場合、それぞれの車両の運転者のいずれにまたは一方に、あるいは自動走行システムに問題があるのかを追求する必要があります。

前提として、自動走行システムが適切に動作していたこと及びシステム上のバグがなかったことが明らかにされる必要があるでしょう。ともすれば、自動走行システムが安全を考慮して製造された以上、問題がないとの印象がもたれがちですが、コンピュータ制御である以上、プログラム等システム上の問題がないとは言い切れないでしょう。また、なんらかの理由で適切に動作しないこともあり得ます。そのため、自動走行システムは、これらを事後的に検証できる仕組みが内在していることが必要ですし、これらを分析できる人的物的体制を事故捜査に構築することも必要となってきます(問題を複雑化しないためには、自動走行システムを後付けで組み込むことは法的に禁止されるべきかもしれません。)。

システム上の問題がなかったとして、運転者の過失をみいだすのは、複合的なシステムでは難しくなります。そのため、事故にいたるまでの走行における認知的情報をシステムがすべてログとして記録していることも必要になってくるでしょうし、当該記録を蔵置したものは権限ある者以外アクセスできないようにしておくことも必要になってくるでしょう。そうしないと、証拠としての意義が喪失されてしまうからです。いずれにしても、自動走行システムに特化した証拠収集、評価等の人的、物的体制の構築が必要になってくるものと思われます(昨年11月埼玉県で起きたブレーキ自動制御システム搭載の試乗車の事故は、システムが動作しない速度で走行したことが原因とされていますが、これは、システムが単体であったことから、解明が楽であったともいえます。)。これは、実は、組込システムに対するフォレンジックをどうするのかという問題の延長線にあります。

自動走行システムが高度化してきますと、車両内のシステムが各種装置を接続したイントラネットとなってその状況が運転者に示されるとともに、車両のシステムが附設されたネットワークを通じて他の車両や道路情報システム等にアクセスするという対外的ネットワークのノードにもなります。ここでは、現在のインターネットにおけるのと類似の問題が生じることになります。

まず、車両搭載の自動走行システムがハッキングされることは、システムによる走行の安全性に対する脅威となります。現行の不正アクセス禁止法は、識別符号によるアクセス制御機能に着目した規制となっています。しかし、おそらく自動走行システムは、識別符号によるアクセス制御とはなっていないでしょう。そうすると、車車間通信や路車間通信等を経由して自動走行システムにアクセすることは、同法の射程外となってしまいます。これは一例にすぎませんが、ITSが車両内外のネットワークシステムを前提にする以上、そのネットワークシステムのセキュリティを確保することだけでなく、その法的な規制も実施しておくことが制度的に望ましいものといえます。ITSへのハッキングは、重要インフラへの脅威ですから、相応の技術的なセキュリティを実施することだけでなく、相応の法制度が必要とされることになります。

こうした重要インフラの一部を自動走行システムがしめる以上、その搭載車両の整備等も一般的な自動車整備と同様に考えることはできないかもしれません。現在、エンジン制御のコンピュータについては、実質的にだれでも物理的にアクセス可能であり、例えばROMを交換することでエンジン制御を変更し、出力等を改変することがなされたりしています。これを自動走行システムにおいて許容することは、おそらくできないでしょう。今後市場化が想定される自動走行システムは、巨大な道路ネットワークの一部に存在し、そこに不適切なノードが存在することになれば、ITS全体が不安定なものとなり、交通上の危険が生じうるからです。したがって、この点に関する法制度の整備も市場化の段階に応じて必要となるでしょう。

以上、雑ぱくにITS社会に向けて考慮すべき法的課題のいくつかをあげましたが、これらは、その他の問題も含めて多方面からの考慮から解決されることになるでしょう。ここ数十年の重要な法的課題のひとつであるといえます。

なお、ITSでは、道路交通情報のみならず、個別車両の情報も解析し、これを提供することで、交通の安全、円滑化を図ることになります。その際、データ基盤システムに多量の交通データが収集、蓄積され、いわゆるビッグデータ解析されることになります。ここでは、運転者、車両搭載システムで収集された各種認知データ、移動時刻、位置情報なども含まれることになります。また同時に、個人情報の保護のあり方も含めた制度的対応が要求されることになるでしょう。

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