第393号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「ソフトウェアと製造物責任法(PL法)の関係」

「製造物責任」や「PL」という言葉は頻繁に聞かれる言葉であるが、その割には正しく認識されていない制度の一つなのではなかろうか。結果として、「猫を電子レンジに入れて乾かした飼い主から訴えられた」などという都市伝説が流布してしまっている。
先日の「デジタル・フォレンジック・コミュニティ2015」でも、来たるべきIoT/M2M社会を見越して、ソフトウェアと製造物責任法(PL法)の関係について話をさせてもらった。とは言うものの、インターネットの普及やクラウドの登場によって様々な法律が複雑になったのと同様、この法律も現在のIT社会の実状に合わなくなってきているということを再確認したにすぎないのだが。今回のコラムでは、その時の議論も踏まえてもう一度ソフトウェアとPL法の関係についてまとめてみたい。

製造物責任法(以下、PL法と記す)は平成6年(1994年)に作られた法律である。よってこの当時の産業事情、コンピュータ社会の発展事情をまず考慮する必要がある。以下に述べる様々な理由で、結局のところソフトウェアへのPL法の適用は見送られたのだが、その前に、この当時はソフトウェア産業自体が発展上でありネットワーク社会もまさにこれから始まろうかという時期であったことを念頭においておかなければならない。
六法やネット等でこの法律を引いてみると直ぐに分かるが、PL法はたかだか6条の非常に短い法律にすぎない。しかし、たった6条の中にも非常に密度の濃い内容を含んでいる。

まず、この法律は製造「物」責任法であって製造責任法ではない。つまり、物=有体物を対象とした法律なのである。結果として、単独の、と言うべきか、媒体に化体されていないデータ(無体物)状態のソフトウェアはそもそも対象とならない。ただし、ソフトウェアがROM等に格納されハードウェアと一体になった製品は物であるので、当然にPL法の対象となる。結果として、ネット上にデータとして漂っているパソコンOSだけでは同法の適用外だが、これがマシンにインストールされて出荷され店頭に並ぶと適用対象になる。そしてこの時に責任を負うのはOSメーカーではなく、PCを出荷したメーカーのほうになるという奇妙なことが発生する。

次にこの法律は、製品に「欠陥」があった場合に責任を負わせるものだということに注意しなければならない。通常の損害賠償は「過失」があった場合に認められる。しかしPL法では過失でなく欠陥があれば事足りる。つまり一般ユーザーがメーカーの過失を立証するのは非常に困難なので、難易度を少し下げて製品の欠陥を立証するだけ良いという消費者保護の為の法律なのである。

しかしながら、この「欠陥」の定義というのが「当該製造物の特性、その通常予見される使用形態、その製造業者等が当該製造物を引き渡した時期その他の当該製造物に係る事情を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること」(2条)となっており、この定義がIoTはおろかIT製品においてもピッタリと当てはまりにくいということは、容易にお分かりなるであろう。

そしてこの定義から次に、免責される場合も定められている(4条)。まず、その時の技術水準から予見不可能であった場合が該当する。これも言うまでなく、IT技術においては一般製品よりも起きやすい。さらに「当該製造物が他の製造物の部品又は原材料として使用された場合において、その欠陥が専ら当該他の製造物の製造業者が行った設計に関する指示に従ったことにより生じ、かつ、その欠陥が生じたことにつき過失がない」場合も免責事由に該当するが、IoTやM2Mなどいった、機器同士がつながり、更に多様なユニットが拡張されていく場合にこれをどのように判断すれば良いのかもまた難しい問題である。主たる機器と従たる機器の区別が困難になっていくからである。

また細かな点では、PL法では輸入業者にも製造業者と同様に責任が発生するのであるが(2条)、ネットワーク時代には「輸入」という概念もミスマッチングになる可能性がある。さらに製造者は永久に責任を問われるわけでなく、時効期間があるのだが(5条)、本格的なIoT/M2M時代になって、ファームウェア等がどんどん書き換わっていって全く別な機能を有する装置になった場合、新しいアタッチメント等が装着されシステムがどんどん拡張されるような場合には、その起算点を明確にすることが困難になることなどが考えられる。

最後に、「なぜソフトウェアとPL法の相性が悪いのか」ということをそれぞれの分野の三つの単語を出して解説しておきたい。まず、「欠陥」こそがPL法の基本概念であることは先に述べた。次に、問題や間違いがある場合に恒常的に使われる法律用語として「瑕疵」という語がある。最後にプログラムの世界で必ず出てくる「バグ」。果たして、この三つの語の相関関係はどのように説明すれば良いのだろうか。「バグって欠陥ですか?」、「バグが見つかった場合には瑕疵があったということになりますか?」と問いかけられた場合に、自信をもって明確な回答を示せるであろうか…。

以上、多少ひねくれた見方をしながらも、簡単にPL法について解説してきたが、なによりも考えなければならないことは、同法の1条に書いてある「人の生命、身体又は財産に係る被害が生じた場合における…」というその精神である。平成6年の制定当時ともっとも変わったことは、「コンピュータが人の命に直接影響を与える時代が来てしまった」ということである。そうであれば、PL法の枠の中でやるか新法を作るかどうかは別にしても、新しい技術時代に即した、人の生命、財産を守る制度が必要であることは間違いないであろう。

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