第403号コラム:「医療」分科会 WG2 佐藤 智晶 主査
(青山学院大学 法学部 准教授/東京大学 公共政策大学院 特任准教授)
題:「e-Discoveryと医療-訴訟や規制対応を越えて」

電子情報開示(Electronic Discovery、以下、“e-Discovery”と記載する)については、すでにたくさんの先行研究があるが、本稿では電子情報開示の展開から医療について考えてみたい。なお、本稿は、医療における紛争解決のために訴訟を当然の前提とするものでは決してないので、そのことを予めご了承いただきたい。また、本稿は、IDF「医療」分科会WG2における議論を参考にしているものの、文責はすべてわたしにある。

e-Discoveryは、民事訴訟における開示手続き(Discovery)であって、電子的に保存されている情報に関するものをいう。開示手続き自体は、主に証言録取(deposition)、質問書(interrogatories)、文書提出要求(request for production of documents)、身体・精神検査(physical and mental examination)、事実認否要求(requests for admission)からなるもので、1938年の連邦民事訴訟規則(Federal Rules of Civil Procedure, FRCP)の制定時に導入された。この手続きは、当事者同士が正式事実審理前に基本的な争点、事実、証拠を開示し合うもので、当事者にとっては争点や事実を的確に把握することができ、訴訟の遂行ないし訴えの取り下げについて判断をしやすくなるものであった(以上について、西口博之「米国訴訟と電子情報開示(e-Discovery)」パテント65巻7号(2012年)85-89頁を参照)。

開示手続きの中で、電子情報が明示的に位置付けられるようになる大きな理由の1つには、いわゆる情報革命の展開がある。2006年に連邦民事訴訟規則が改正され、e-Discoveryが広く認められる頃には、世界で扱われる情報量が爆発的に増えていたという。たとえば、2007年の段階で情報の世界には2,810億ギガバイトもの情報があった、という指摘がある(ちなみに、50億ギガバイトで約3万7,000冊の蔵書コレクションと同じくらいの情報量で、2,810億ギガバイトはその約56倍に当たるという)。このような情報革命によって、各企業は規制遵守、プライバシー保護、紛失した情報の回復などに忙殺されるようになった。何よりも重要なのは、訴訟に巻き込まれうる企業からすれば、電子的に保存されている情報が増加するということが、開示手続きを介して膨大な情報の提出につながりうる、という状況だろう(以上について、see, e.g., Emily Burns, et al., E-Discovery: One Year of the Amended Federal Rules of Civil Procedure, 64 NYU Law Review 201, 202-203 (2008))。

e-Discoveryについてはこれ以上深く触れないが、その影響は、当然ながら医療分野にも及んでいる。電子的に保存されている情報が増加するということは、開示手続きを介して膨大な情報の提出につながりうる。このことは、訴訟への巻き込まれやすさとは違うかもしれないものの、医師や医療機関と企業との間でほとんど変わりはない。もっとも、医療分野には特別に考慮した方がよさそうな点がいくつかある。

第1に、医療分野では、紙に印字されたデータを開示するのと、電子情報を開示するのでは比較的大きな違いが生じうる。電子カルテシステム等に保存されている電子情報を開示するといっても、それは文書データファイルを開示するのとは訳が違うからである。確かに、わたしが今執筆しているこのコラムについては、電子情報のままで印字しても、ほぼ同じような体裁で開示されることになるだろう。しかしながら、電子カルテシステムの場合には、保存されている電子情報を紙にすべて印字したからといって、電子カルテシステム上で医師が閲覧していた情報を、同じような体裁で開示できるわけではない。電子情報をすべて紙に印字できたとしても、情報の並び方や、情報の重要度やコンテキストまでは必ずしも表現されないからである。

第2に、そもそも紙に印字せずに電子情報のままで開示するとしても、開示の仕方が問題となる。たとえば、グーグルグラスのような製品を使って、医師が閲覧し、活用したすべての情報を、医師の視点からの映像データとして残しておくことができ、そのような電子情報が改変されないのであれば、そのような電子情報の開示はある意味で究極なのかもしれない(守秘義務やプライバシー保護の問題は、当然ながら残る)。しかしながら、実際のところ、そのような形で電子カルテシステムに保存されている電子情報を開示することはできないだろう。そうだとすれば、どのような形で開示すれば望ましいのか、という問題になる。電子カルテシステムに保存されている電子情報は、そもそも、訴訟を前提として整理されているわけでも、保存されているわけでも、活用されているわけでもない。むしろ、診断や治療、そして予防や予後のために整理され、保存されているはずである。良好な医師患者関係の構築や、医療事故を防止するという視点を踏まえて、医療分野における電子情報の開示は検討される必要があるのではないか。

第3に、医療の分野ではe-Discoveryにおけるデータ保存義務が生じるか否かにかかわらず、患者に関するさまざまなデータが医療目的で電子的に保存されている可能性がある。e-Discoveryでは、訴訟が提起されうると想起して関連データを保存する義務が生じるのはいつの時点か、という大きな論点がある。医療の分野では、必ずしも法的に保存義務がない電子情報が、医療情報として数多く保存されていることから、開示対象となる電子情報の範囲や量が大きくなりやすい(たとえば、家族の職業や患者の交友関係など)。

結局のところ医療分野が特別なのは、そこに患者がいるからであろう。もちろん、医療であっても訴訟や規制対応は極めて重要であり、それを蔑ろにしてよいわけではない。膨大な電子情報の在り処を正確に把握し、整理し、いつでも取り出せるようにするとともに、他方で守秘義務を守り、プライバシーを効果的に保護する必要は当然ある。しかしながら、訴訟(訴訟に関係するe-Discoveryを含む)や規制対応は、医療分野にとってみれば医療の質をさらに高め、国民が安心して良好な医療にアクセスできるようにするためのインセンティブを与える「道具」に過ぎない。電子情報の開示については、法的な義務がどこまで及ぶかという議論だけでなく、どんな形であれば医師や医療機関が、患者のために最善を尽くしうるのかという視点が必要だと思われる。

今後、アメリカ合衆国におけるe-Discoveryの医療分野への適用について検討を進める際には、訴訟対策としてどのような点が重要かというだけでなく、医療実務や医療の質にどのような影響を及ぼしているのかという点にも改めて注目してゆきたい(参考資料として、Andrew Bartholomew, Experts Spell Out E-Discovery Challenges in the Healthcare Industry, Exterror’s E-Discovery and Information Governance Blog, July 3, 2012; Baldwin-Stried, Kim. “E-Discovery and HIM: How Amendments to the Federal Rules of Civil Procedure Will Affect HIM Professionals.” Journal of AHIMA 77, no.9 (October 2006): 58-60ff; Association of Corporate Counsel, Practical Tips for an Effective and Defensible Litigation Hold, Feb. 5, 2014, available at https://www.acc.com/chapters/sanant/upload/2014-02-05-Jackson-Walker-Litigation-Holds-Presentation.pdf )。

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