第406号コラム:伊藤 一泰 理事(栗林運輸株式会社 監査役)
題:「SNSと個人情報保護」

個人情報保護法の成立は、2003年5月23日である。すでに13年が経っている。いくつかの改正は行われているものの基本的な骨格は変わっていない。一方で、SNSの利用は、この13年間に急速に普及し利用者が急拡大している。はたして、個人情報保護法をはじめとする法制度が現状のSNSやネットの実態にマッチしているのか疑問である。リベンジポルノ問題のように事後的に特別法が制定されてきた分野もあるが、自らの意思で自らSNSにアップしたようなケースについては、何でも「自業自得」の一言で片づけられてしまっているように思う。法務省が本年3月18日に発表したデータ(※1)によれば、全国の法務局が2015年にネット上のプライバシー侵害に対し救済手続きを取った件数は1736件であった。前年比で21.5%増である。たぶんこれは氷山の一角であろう。ネット上での人権侵害に対し、当局がどこまで踏み込んで対応できているか詳しい実態は不明であるが、未だ手さぐりの状態であろうことは想像に難くない。

最近は、SNSでタレントやスポーツ選手自らプライベートの情報を発信するようになってきたこともあり、本来発信してはいけない有名人の情報を「ノリ」で載せてしまうケースが後を絶たない。最近も、新居を探しに不動産業者を訪れた有名人カップルに賃貸物件を紹介した担当社員がツイッターで詳細な内容を暴露した事件があった。そのこと自体、プライバシーの侵害であり、宅地建物取引業法第45条(秘密を守る義務)にも違反する行為であるが、その後、当該女性社員の氏名や顔写真などの個人情報もネットに流出した。当該社員は自身のプロフィールに関することも数多くSNSに紹介していたため、すぐにネット上で特定されてしまったのである。有名人の個人情報を流出させた張本人の情報がただちに拡散されてしまったという何とも皮肉な事案であった。

SNSの情報流出は本人の不注意でも発生している。投稿した写真や個人情報が誰でも閲覧可能な状態に設定されていたため、それがそのままニュースサイトへ転載されていたとか、買い物サイトでの購入リストや住所や電話番号などプロフィールが誰でも閲覧可能な状態になっていることがある。SNSでは投稿内容やプロフィールなど、入力している情報について、公開される範囲を常に意識しないといけない。中には初期設定で公開範囲が広く設定されているものもある。ちょっとした不注意がとんでもない結果となってしまう。

もうひとつ気になっている事案がある。本年1月に起こった「軽井沢スキーバス転落事故」の報道である。その報道の内容や時間配分について、疑問を持った。特にテレビの情報番組では、本来、重点的に報道すべき事故の状況、事故原因、その背景にあるバスドライバーの勤務実態などの問題よりも、犠牲となった学生たちのプロフィールについて多くの時間が充てられていた。この事案について、個人個人の詳細なプロフィールまで報道する必要があったのか疑問だ。そして報道された情報の多くはSNSに投稿されていた写真やイベントの内容を転載したものだった。もちろん、「学生が格安ツアーを選択するのは当然の行動であり、それでも必要な安全対策は十分なされなければならない」という主張に間違いはない。また、「希望に満ち溢れていた学生生活の最後がこのような悲しい結果となってしまったことを残念に思う」報道姿勢にウソはないだろう。その裏付けとしてのプロフィール紹介であったのであろう。しかしながら、事故直後の混乱した状況で、仮に遺族から転載の了解を取り付けたとしても亡くなった学生の本意だったのか疑問だ。むろん、報道機関側に立つ弁護士から「報道目的であれば本人や遺族の許諾なしに利用できる」(※2)という意見が出ているが、「突然事故で死亡したとしてもSNSから顔写真などを持ってきて載せないでほしい」「交際関係も載せないでほしい」と言う声に謙虚に耳を傾けるべきであろう。SNSに掲載した写真を事故報道に転載することについては、法的側面のみならず、社会的、倫理的な観点から専門家の議論を待ちたいと思う。

(※1)法務省ホームページ
平成27年における「人権侵犯事件」の状況について(概要)
~人権侵害に対する法務省の人権擁護機関の取組~
http://www.moj.go.jp/JINKEN/jinken03_00199.html

(※2)この問題については、下記のサイトが詳しく報じている。
http://www.j-cast.com/2016/01/18255878.html?p=all

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