第411号コラム:石井 徹哉 理事(千葉大学 副学長 大学院専門法務研究科 教授)
題:「自動運転自動車におけるログの保存」

自動運転自動車については、政策的な後押しもあり、この数年間で実社会に投入される見込みが高いといえます。しかし、実社会への投入に際しては、法制度上クリアすべき課題があるだけでなく、整備された法制度を運用するにあたってこれを支援するための規格の策定等も必要になってきます。その中の一つが、自動運転自動車における運転記録の内容とその保存のあり方です。

前提として確認すべきことは、2点あります。まず、道路交通法は、その70条に示すように、車両等の運転者に対して、安全運転の義務を課しています(「車両等の運転者は、当該車両等のハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し、かつ、道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない。」)。このことから、自動運転自動車においても、当該車両の運転に関する第一次的な責任は、車両等の運転者にあります(また、この条項が改正されない限り、完全な自動運転自動車が公道上を走ることはできないでしょう)。レベル3の自動運転自動車であっても、緊急時及びシステムの限界時には、人である運転者が対応するため、安全走行の最終的な責任は、運転者に認められます。

次に、ソフトウエアにはバグがつきものであり、どのように優れた情報システムであっても、バグなど意図しない不具合、不正規の動作から免れることはできないということも重要です。しかし、このことは、上記の現行法における車両等の第一次的責任の所在が運転者にあることに対して問題を生じさせます。例えば、自動走行状態から運転者の操作への切り替えが適切になされずに事故が生じた場合、または、ソフトウエアの不適切な動作により緊急状況に陥り、運転者の操作によっても回避し得なかった場合など、運転者に最終的な責任を負わせるのが適当と思われない状況があるのではないか、またそのような場合か否かをどのように判断するのかということが問題となります。

このような場合も含めて事故の原因を適切に判断する重要な資料を提供してくれるのが、自動走行自動車の運転に関するシステムによる環境等情報の認知、認知した情報の処理、対応、具体的な運転動作(操舵、加減速、ブレーキなどの制御)、運転者の操作の有無及び内容、当該車両から視認できる車外の交通状況などの記録です。問題は、このような記録をどの範囲でどのような形式でどこに記録し、保存するのか、また当該記録に対して誰がアクセス権限をもっているのかは、確定していません。実験走行においては、実験主体が実験に必要な範囲で決定すれば足りますし、実験主体がこれらの情報にアクセスすれば足りるでしょう。

しかし、実際に市販化され、自動走行自動車が公道上を走るようになった場合、これを各メーカーに任せておいてよいわけではないでしょう。また、現在一部の車両に装備されているタコグラフで足りるとは思えません。次に、道路上の事故については、当然に警察等捜査機関による捜査がなされます。他方で、ソフトウエアに何らかの不具合がつきものであることを考慮するならば、運転者等関係者に対する刑事責任の追及のみならず、システムの欠陥の有無・内容を明らかにする改善措置を図ることが必要です。例えば、航空機に関する事故については、国土交通省による事故調査がなされますし、これらの調査は、航空機に関する種々の情報が存在することを前提にしています。ブラックボックスといわれるフライト・データ・レコーダーとコックピット・ボイス・レコーダーがここでは重要な役割を果たします(航空法61条1項及び同法施行規則149条により、一定の航空機を除いて搭載義務があります)。これらのデータが管制情報等その他の情報とともに分析されることで事故原因が究明されることになります。

自動運転自動車の場合、そもそも特別な法的措置がなされていないことから、現状では記録されているデータは、メーカー等により一致していないだけでなく、その記録の採り方も格納方法も様々でしょう。システムの動作状況の記録がなければ、システムの不具合を究明することは困難になります。また、各種データの格納方法も、一定程度の耐久性を備えていければ、重大な事故に際して必要なデータを取り出すことすら困難になります。さらに、データアクセスが無制約であるならば、極秘裏にデータを書き換えることで事故の真の原因を隠蔽することも可能になってきます。

そもそも問題なのは、現行法制度では、自動走行自動車については、消費者安全法が適用されるのみです(運輸安全委員会設置法に規定される航空機、鉄道及び船舶の事故等は、消費者安全法の適用対象外です)。しかし、道路交通という特殊な状況における自動走行自動車の関係する事故が消費者安全法の規定する事故調査になじむものとは考えられません。営業車両等も含まれる自動走行自動車の事故は、消費者が一方的に被害を受ける状況とは必ずしもいえず、同法の趣旨を越えたものがあるといえましょう。

こうした状況を踏まえるならば、遅くともレベル3の自動走行自動車が市販され、公道を走る前までには、法令等を整備して、自動走行自動車の走行記録等システムの動作を含め、道路環境等のデータの記録方法とその内容、さらには、自動走行自動車の関係する事故の原因調査のあり方を明確にしておくことが必要でしょう。これによって、運転者を含む関係者の不当な刑事責任の追及を回避することができるとともに、より安全な自動走行自動車が作られるようになるでしょう。

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