第434号コラム:和田 則仁 理事(慶應義塾大学 医学部 外科学 専任講師)
題:「医療の自動化とデジタル・フォレンジック」
あと10年でなくなる仕事というのがショッキングに報道され、http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40925
そのリストに挙げられた職業の人は心穏やかではないでしょう。ホテルの受付係は、最近のビジネスホテルでは現実のものとなっていると実感されます。空港のチェックインなども同様でしょう。幸い、医師はその中にありませんでしたが、少なくとも、診断学の多くの部分はもはや医師を必要としていないようです。
http://healthpress.jp/2016/08/ai-10ibm-watson.html
10数年ほど前までは、病院によって医療の内容にバラツキがあり、治療成績にも優劣がありました。しかし、今世紀に入りエビデンスに基づいた診療ガイドライン( http://minds.jcqhc.or.jp/ )が広く普及し、施設間格差が縮小してきました。もちろん手術の腕前もあり、決してどこでも一緒というわけにはいきませんが、少なくとも、主だった疾患の診断や薬物療法などはガイドラインに示されているアルゴリズムによって決めることが可能であり、基本的にどの病院でも同じになってきています。最近、セカンドオピニオンが流行らないのも、この辺に原因がありそうです。診断は、昔は聴診や触診など医師の技量が重要でしたが、現在は画像診断や採血結果などでほぼ確定診断に至ることができ、医師は首から上だけを使いガイドラインを参照しながら診断を進めるような状況になってきました。ガイドラインがないような稀な疾患は、従来医師の経験がものをいう領域でしたが、これこそ人工知能が活躍する領域であり、将来、なくなる職業となることは間違いないでしょう。もちろん、このような進化は医療の効率を高め、少子高齢化を迎える世界の医療を救う重要なテクノロジーであります。
そのような自動化された医療が威力を発揮する状況は、今後守備範囲を広げていくことは確実でしょう。問題は、その結果が思わしくなかった場合です。現在は、患者に医療行為の結果として損害が生じた場合、診断・治療を最終的に確認・実施した医師が責任者となり、その医師の注意義務違反が法的に争われるわけですが、自動化された医療行為の場合、誰が責任者となるのでしょうか。どこかで医師の最終確認が入るような状況であれば、その医師の注意義務が問われますが、完全自動化となると話は複雑です。事業者、システム管理者、アルゴリズム構築者、ガイドライン策定者、人工知能開発者、患者本人などが責任を分担することになるのでしょうか。サイバー攻撃が発端となる状況であれば、攻撃者やセキュリティ管理者も責任を問われるはずです。責任を問われる可能性のある人(あるいは法人)は、まず保険に入るべきでしょう。われわれ医師は一定の確率で医療行為が思わしくない結果になる可能性があるため、医師賠償責任保険に加入しています。万が一、患者さんに被害が生じた場合には、それを適切に救済する社会的責任がありますので、自動化医療に関わる関係者は同じように保険に加入すべきでしょう。
いずれにしても、医療行為に過失があったかどうか、その過失と患者さんに生じた損害との間に因果関係があるかどうかを検証しなければなりません。当然のことながら、膨大なデジタルデータの調査をすることになるわけで、デジタル・フォレンジックの登場となるわけです。そのためにも、時系列的に検証可能な形でデジタルデータを残す必要があります。これは、医師法24条に規定される診療の記録に相当するものであり、そこに記録される内容は、「診療情報の提供等に関する指針」(厚生労働省、医政発第0912001号)に示されるように、日時と紐づけるべきです。
国民医療費は年々増大を続けており、このままでは我が国の医療は破綻するのではないかと懸念されています。効率的で高度な医療を提供するために自動化は避けて通れませんが、そのためのルール作りは、今取り組まなければならない喫緊の課題と言えましょう。医療事故のリスクを最小化しつつ、効率的な医療を実現するために叡智を結集するときであります。
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