第457号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「『GPS捜査』最高裁判決とその影響の検討」

去る2017年3月15日に最高裁で「GPS捜査」に関する判決が出た。この判決の解説と与える影響について考えてみたい。今回は法学的な見地からだけでなく、あわせて行政学的な見地からも少し書いてみることにする。つまりは、実務はどうなるのかという点も含めて思ったことを述べてみたい。

既にご存じの人も多いと思うが念のため簡単に概要をまとめておくと、この件は元々、GPS捜査自体の善し悪しについて問うたものではなく、被疑者の車へのGPS発信装置の取り付けを裁判所の令状を取ることなしに警察の独自判断で行うことが問題ないかどうかということが争われた事件である。警察側は、通常の尾行捜査の延長であるという主張をしている。一方で、被告人側は、そもそもそんな捜査手法自体が違法であるとの主張をしていた。つまり、始めに窃盗なり麻薬取引なりの刑事事件があり、その罪状確定の段階でこのような捜査によって得られた証拠の有用性について論じられたところから議論が始まっている。(ちなみに犯人については、GPSの証拠能力の有無に関係なく、その他の証拠から有罪認定はされている。)

以前は令状無しのGPS捜査が全国の警察で行われていて、その結果、同様の裁判もあちこちの裁判所で行われることになり、それぞれの地裁・高裁でもその判断が分かれていた。そして今回、最高裁が受理した上告案件において、その違法性の判断がなされたものである。15人の最高裁判事全員で審議する大法廷で行われると発表された際には、憲法判断にも踏み込むのかとの憶測も一部ではあがったが、結果としてはそれは行われず通常の法令に関する判断のみを行っている。

そして出された最高裁の判断は、令状無しのGPS捜査を違法とするものである。ただし本判決はGPS捜査の有効性を否定したものではなく、条件が整えば行うことも可能であるとしている。そして何よりも特筆すべきことが、立法による解決を提言していることである。

判決文自体は5,000字程度で、裁判所の大きな文字で印刷したA4サイズの紙で6枚ほどしかない。うち、令状無しGPS捜査に関する最高裁の判断部分が2,500字程度、つまり全体の半分くらいである。この中にプライバシーの侵害が大きい旨のことが述べられており、マスコミ等で報じられているのは大体がこの部分を簡単にまとめたものになる。

しかし、この判決の持つ意味や影響は非常に大きい。何よりも重要なことは、立法による解決を行うべきであると判断されたことである。事実、警察庁は即日に全国の都道府県警に対しGPS捜査の停止を指示し、法務大臣も翌々日には法律の検討を始める旨を表明している。

新たに法律で定めるべきこととして、文中には「具体的には「実施可能期間の限定、第三者の立会い、事後の通知等が考えられる」との簡単な例示があるが、問題は、このような法律が一朝一夕にできるようなものではなく、かなりの時間が必要なことにある。今期国会中にはまず不可能と言ってよい。メディアでは、法務省の見解として少なくとも3年かかるとの数字を報じているものもある。おそらく国会審議においては通信傍受法の制定時と同様の混乱が生じるであろう。それまでの間の空白期間が捜査実務において最大の足枷となる。

ここからは、少々感情論の混じった意見を述べてみたい。法治国家には「令状主義」という大原則がある。もちろんこれは国民の人権を守る為にも当然無くては困るものである。そしてこの原則に則れば、今回の判決は極めて自然な流れになる。しかし、これを政治機構のバランスや権力関係の綱引き、つまり行政学見地から見れば、令状を発する権限を持つ裁判所と、現場の捜査を司る警察との間で起きたただの縄張り争いにすぎない。そうなれば理論上強い力をもつ司法側が勝つのは当たり前である。事実、判例文中にも令状がいかに重要かということが淡々と語られている。しかしながら、実際の現場におけるGPS設置は様々な状況が考えられ、その個々の案件において裁判官が多様な選択肢の中から的確な条件の選択を行うことはかなり困難なことだからこそ法律が必要なのだとの主張とも読んで取れる。

また、今回の最初に最高裁で判断することになった事例が警察側にとっては運の悪いものであったと言えよう。今回の判例の基となった事件は、複数の共犯者がいると疑われる窃盗に関するもので、組織性の有無・程度や組織内における被告人の役割などを解明する捜査のため約6か月半の間、被告人、共犯者のほか、被告人の知人女性も使用する蓋然性があった合計19台の車にGPS装置を設置したという非常に大規模なものであった。こうなってしまうと、裁判官の心証としては当然に「通常の尾行捜査よりも大きくプライバシー侵害が起きてしまう」という方に傾いてしまう。

上述のように、最高裁は立法による解決を提言したわけであるが、こういった提言は政策的には事実上の命令として働いてしまう。報道では殆ど触れられていないが、三人の判事が補足意見として「今後立法が具体的に検討されることになったとしても、法制化されるまでには一定の時間を要することもあると推察されるところ、それまでの間、裁官の審査を受けてGPS捜査を実施することが全く否定されるべきものではないと考える。…<中略>…令状の発付が認められる余地があるとしても、そのためには、ごく限られた特別の事情の下での極めて慎重な判断が求められるといえよう。」と500字程度の意見を述べている。どの程度このことが反映されるかが当面の着目点だと筆者は考えている。ただし、前述のとおり一般的には警察は当面の間、令状の発行新規申請を自粛ざるをえず、捜査への影響を懸念するのはもっともなことである。

私見では、麻薬捜査や窃盗事件などの刑事ドラマで言うところの「泳がせておく」ようなタイプの捜査であれば令状を取れば足りると考える。問題は、誘拐事件やテロなどの緊急性が必要な場合にはどうするのかという点にある。このようば場合にまで令状主義でいくべきではないと考えるが、おそらくは今の裁判所の判断傾向から察するに仮に今回のような時に現場の捜査官が令状無しにGPSを設置したとしても違法性が阻却されるとは考えにくい。法律ができるまでの間にそのような凶悪な事件が起きないことを祈るしかない。

さらに一番危惧されるべきことは、この判例を受けて作られるであろう法律が、今回のような単体のGPS発信器だけを対象にしたものではなく、携帯電話やカーナビなどのGPS機能までをも含めた広範囲の位置情報の扱いに関する法律になってしまうことである。こうなってしまうと非常に複雑で面倒な法律になってしまうのでむろん推奨できない。また、立法にも時間を要するので、それだけ法律の空白期間、つまりは捜査機関がGPS捜査の為の令状を取得することが憚られる期間が増えるので治安の確保の点からも良いことはない。できる限りシンプルな法律にして短期間で成立させるべきである。今後、どのような法律になるのかを私達が傾注し、必要であれば意見を述べていくことが大事であろう。

(補足)判例文は裁判所のWebページ(http://www.courts.go.jp/)よりダウンロードできます。

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