第492号コラム:町村 泰貴 理事(北海道大学大学院 法学研究科 教授)
題:「民事司法のIT化(続き)」

1.はじめに

今年の7月のコラムで、「未来投資戦略2017-Society 5.0の実現に向けた改革-」の中に記された「裁判に係る手続等のIT化を推進する方策」について、言及した。その後、内閣官房に検討会が設けられて、年度内に方向性を取りまとめる急ピッチな作業が進められている。
民事司法は、その全体を通じて当事者と裁判所との書面のやり取りと、裁判所の中での書面管理が重要な作業プロセスをなしているので、こうした書面のやり取りに情報ネットワーク技術を活用して、電子的な文書提出を可能とすれば、現在の訴訟手続が効率的になることはいうまでもない。また、文書管理についても、デジタルデータを原記録として管理すれば、保管場所が劇的に少なくなる上、オンライン上で裁判所内部および当事者(代理人)と共有することで、そもそも文書の送受信のプロセスを省略することも可能である。
そこで今回は、文書の送受信に限定して考えてみたい。

2.ファクシミリに代わりうるもの

現在は、これらの「書面」はすべて紙媒体の文書として作成され、窓口に持参されたり、郵送されたりする。その書面が一件の記録として綴られ、裁判所において活用され、終了後は保存される。これに対して準備書面等の文書はファクシミリにより裁判所および相手方への送付が可能となっており、これが現時点での最先端通信機器というわけである。
これにITを導入するにあたり、具体的にどのような方法によるかは、文書の性質や安全性の必要性の度合いにより異なる。
例えば、現在のファクシミリによる文書送信は、そのまま、電子メールを用いることでもよいと思われる。もちろんウィルス対策などファイルの安全性は確保されなければならないが、完全なセキュリティは無理である。従って、仮にマルウェアに感染している文書が受信されたとしても、直ちにシステム全体に影響をおよぼすことのないような隔離手段が必要と考えられるし、バックアップも適切に確保される必要がある。

3.訴状提出

これに対して、ファクシミリによる送付・直送以外の文書提出については、電子メールというわけにはいかない。特に訴状については、基本的に裁判所が用意するクラウド・サーバーにて、当事者がログインした上でファイルをアップロードし、提出とすることが現時点では最善と考えられる。その際、上記と同様にファイルの安全性やシステム防御が必要となる他、ログイン方法が問題となる。
かつては公的認証基盤の利用が考えられたし、現在であればマイナンバーカードによる公的個人認証を利用することが考えられるが、弁護士や司法書士に関しては、それぞれの団体が認証したり、それぞれの団体が発行したIDとあらかじめ設定したパスワードによる認証でも安全性は確保できる。不正アクセスのリスクはもちろんつきまとうが、不正なログインの可能性(例えば新しい端末からのアクセスを検知するなど)があれば登録済みメールアドレスや電話番号に通知するといった確認措置を設けたり、復元可能性を確保するなどにより、不正ログイン対策がとられれば足りる。
本人訴訟の場合は別途考慮を要する。そもそも訴状を自分で作成して訴え提起すること自体がハードルとなるが、この点は簡易裁判所などで用いられている定型訴状を電子化することにより、本人訴訟としての訴え提起が可能な場合のアクセス向上をもたらすことができよう。ログインに関しては、公的個人認証を利用するか、あるいは本人確認書類のデジタルデータをアップロードしてID登録することが考えられる。裁判所のシステムが、こうした仕組みを備えている必要があるし、また不特定多数人がアクセスできるサーバーであるから、その安全性の確保は重要な課題となろう。
以上のことは、訴え提起前に裁判所に申し立てをする民事保全や提訴前の証拠収集処分、証拠保全などにも基本に妥当する。
なお、オンライン申立ての費用予納は、既に郵券について実践されている電子納付を応用すれば足りるし、それ以外の電子決済手段に応じることも考えられてよい。

4.送達

訴え提起に続く訴状・呼出状の送達に関しては、現在の送達に関する規定を維持する限り、受送達者本人への交付を原則とする。
これを一般的に電子的通信手段により行うことは、例えば電子メールによるとしても受送達者が確実に受け取れるアドレスを把握できていない段階では、無理である。もっとも、行政訴訟や国家賠償訴訟における被告・行政庁や自治体は、あらかじめ訴え提起の通知を受ける手段を登録させておくことができよう。それ以外の一般私人・企業については、最初は通常の紙媒体による送達(郵便、執行官送達など)によることになろう。
なお、書留郵便に付する送達については、普通郵便による送付も併用している。この注意喚起のための通知であれば、原告が知っている被告の利用可能なメールアドレスを訴状等に記載させ、これに裁判所から通知することを加えることもできる。その方が、手続保障の実効性を向上させることにもなる。
公示送達についても、そもそも公示送達とする前の段階でメールアドレスを用いた連絡の試みが要求されても良いし、公示送達がされたことをメールアドレスに宛てて通知することも考慮できる。
このように、最初の訴状・呼出状の送達においても、電子的手段の活用は市民の裁判へのアクセスを向上させる効果を持つ。

5.その他の書面の送達・送付

以上の他、判決などの送達を要する書面を裁判所が当事者に送信する場合には、上記の裁判所が用意するクラウド・サーバーにアップロードし、その旨をあらかじめ登録されたメールアドレスに通知することで、当事者がサーバーにアクセスすることを原則とすればよい。これによって、効率的かつセキュアな送達が実現できよう。

6.原本のデジタル化

以上の叙述は、当事者と裁判所との文書のやり取りをデジタルデータで、オンラインで行うことを考えたものだが、現行のオンライン申立て根拠規定である民事訴訟法132条の10は、第5項で、オンライン提出された文書はプリントアウトし、第6項でプリントアウトされたものを記録として扱うことを規定している。しかし、これでは記録のデジタル化のメリットであるクラウド上での共有が実現できない。上記の通り、デジタルデータをクラウドサーバー上に蓄積し、これを原記録とすることを考えるべきである。
その場合、不正アクセスによる改ざんや消失などのリスクを伴うが、これに対するセキュリティ確保は、改ざんの検知からバックアップの確保、照合や復元といった技術的手段を備えることでカバーできる。むしろ、紙媒体による記録の方が、災害などで滅失のおそれがあることは、先の東北大震災で経験したところである。

7.終わりに

書面のデジタル化とオンライン提出・送達・送付については、既に世間で実用化され、社会的に機能したシステムの応用で足りる。目新しいことは何もないと言っても過言ではない。そしてオンラインバンキングに見られるような、不正アクセス等のリスクもそれなりにあることが予想されるが、裁判所の場合に注意すべきは記録の正確な原本確保にあり、不正送金などを心配する必要はない。情報漏えいはそれなりに問題ではあるが、もともと一般的な民事訴訟は記録の閲覧も含めて公開主義を採っているので、そこにあまり神経質になる必要はない。機密保持が厳格に要求される領域は、デジタル化やオンライン化を当面差し控えるということでもよいかもしれない。
こうした枯れた技術を導入することを早く実現し、次の課題に取り掛かってほしいものである。例えば、審理のデジタル化やAIの利用などであり、更に進んだ技術を導入することで、裁判へのアクセスや適正・公平・迅速・経済という理念の向上を実現してもらいたいのである。

【著作権は、町村氏に属します】