第524号コラム:湯淺 墾道 理事(情報セキュリティ大学院大学 セキュリティ研究科 教授)
題:「フェイクニュースとデジタル・フォレンジック」

まず、Youtubeで次の動画をご覧いただきたい。

オバマ大統領がホワイトハウスでスピーチしているところである。しかし、およそオバマ大統領らしからぬ内容のスピーチである。

実はこれはフェイクニュースの危険性を訴えることを目的としてワシントン大学の研究者が作成した動画であり、オバマ大統領自身のスピーチではない。最後まで見ると、そのカラクリが明らかになる。動画の作成過程は、次のBBCの番組で紹介されている。

フェイクニュースは近年、サイバーセキュリティに関する問題の一つとして捉えられるようになってきた。

内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)副センター長などを歴任した総務省総合通信基盤局長の谷脇 康彦 氏は、近著の中で、次のように述べている。「ネット上の偽(フェイク)ニュースをめぐる議論がますます深刻化しています。(中略)こうした情報資産のCIAを確保するという視点からみると、情報の完全性が悪意をもって操作される、つまり偽情報が拡散される状況はサイバーセキュリティが確保されていない状況といえます。このため、情報の完全性を破り、偽情報を意図的に流通させる行為も広い意味でサイバー攻撃であり、その対策に関する議論もサイバーセキュリティ政策の射程に入ってくるものととらえることができます。」(谷脇 康彦『サイバーセキュリティ』(岩波新書、2018年)148-149頁)

このようにサイバーセキュリティを広義にとらえることは、企業や組織におけるセキュリティ対策の射程を越えるもので、情報セキュリティにおける情報の真正性や完全性には悪意・善意という意図や政治的目的の有無というような観点は含まれていないという批判もあり得るかもしれない。しかし、EUやアメリカにおいてはフェイクニュースは国全体のセキュリティの問題として捉えられるようになってきている。特にEUでは、今年はEU議会議員選挙が行われるために矢継ぎ早に対策が打ち出されている。

EUは、2018年1月15日にフェイクニュース及び虚偽情報流布に関する有識者会合(High-Level Group on Fake News and online disinformation)を設置した。この有識者会合は、有識者による専門的な議論を行う場として設置されたが、メンバーの中にはFacebook、Twitter、Googleの各代表も含まれている。1月に第1回会合が開催され、2月7日には第2回会合が開催された。3月12日には最終報告書を公表した。

報告書に基づき、2018年4月26日に虚偽情報に対する「多元的な対応(multi-dimensional approach)」を提案して、オンライン・プラットフォーム事業者に対してファクトチェック等の自主的対策を求めた。

その中には、政治広告のターゲティングオプションを制限し、虚偽情報の提供者の利得を削減すること、フェイクアカウントの特定と閉鎖対策、自動ボットの問題への取組を開始すること等が含まれている。

これをうけてオンライン・プラットフォーム事業者はそれぞれ対策を開始したが、その中にはデジタル・フォレンジックの活用も含まれている。

たとえばFacebookは、アメリカのシンクタンクである大西洋評議会(アトランティック・カウンシル)のフォレンジック研究ラボと共同でフェイクニュース対策を行うことを公表した。どのような対策を行うのかについての詳細は明らかにされていないが、刻々と投稿される膨大なフィードの中からフェイクニュースを自動的に検出するため、投稿されるフェイクニュースのテキスト、画像、動画像について、投稿者のフェイクブック上での行動や投稿元のIPアドレス等と合わせて分析を行うと共に、適切にブロックする技術開発を行っているとみられている。

わが国でも、先日の沖縄県知事選挙の際、さまざまなフェイクニュースが飛び交ったとされる。これに対して、ファクトチェックの動きも始まっており、2017年にはFIJ(ファクトチェック・イニシアティブ・ジャパン)が設立され、沖縄の地元紙である琉球新報はFIJのファクトチェックプロジェクトに参加した。しかし、ファクトチェックの対象は、政治家の発言、メディア報道、有識者の言説、一般人の発言としており、テキスト情報としての言説の真偽がチェックの対象となっている。一方でオンライン・プラットフォーム事業者に求められている対策は、投稿者のインターネット上での行動や投稿元IPアドレス等に関するネットワーク・フォレンジックから、投稿される画像や動画像の加工に関する分析作業までの幅広い領域にまたがっている。これらの対策を実施するには、デジタル・フォレンジック技術の利活用が不可欠であり、デジタル・フォレンジックの新たな領域が拓かれつつあるといえよう。

【著作権は、湯淺氏に属します】