第560号コラム:小山 覚 理事(NTTコミュニケーションズ株式会社 情報セキュリティ部 部長)
題:「海賊版サイトなどの著作権侵害対策の行方について」

コラムの順番が回ってきた。やや拙速に提出した仮題「海賊版サイトなどの著作権侵害対策の行方について」であったが、なかなか筆が進まない。進まないのは自分がコメントしてはいけない「問題」ではないかと逡巡しているからだ。このコラムで私が主張したいことは、著作権侵害対策そのものや法律問題ではない。

我が国のクールジャパン戦略の重要なアイテムであるマンガやアニメなどのコンテンツを、どのように普及し、日本文化の健全な発展や、貰って当然の対価を得られる仕組みを作り上げていくべきなのか、素人なりに理解するためコラムを執筆してみようと思った次第である。しかし残念ながら自分でも腑に落ちる結論にはまだ辿り着いていない。

振り返れば平成30年4月13日、知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議で、漫画や動画を違法にアップロードする「海賊版サイト」に対する緊急対策として、プロバイダが自主的な取り組みとして行う「サイトブロッキング」が打ち出された。

当時はNTTなどが政府方針に賛同し、海賊版サイトのブロッキングは「通信の秘密」を侵害してまでやるべきことなのか、著作権関係者・法律家・プロバイダを巻き込む大論争に発展した。私自身は、この議論がどこまで飛び火するのか、「通信の秘密」を墨守してきた通信事業者にどんな役割が課されるのか、はらはらしながら見守ってきた。そして紆余曲折がありつつも、平成31年3月13日「自民党はダウンロード違法化法案について通常国会への提出を見送った」との報道があり、およそ1年に及んだ喧々諤々の議論に休止符が打たれた格好だ。

このサイトブロッキングやダウンロード違法化について、関係者の極端な議論に危うさを感じていた方もいたと思うが、私自身は結論の持ち越しに少しホットしたのが本音である。この機に感想などを述べさせていただきたい。

私は著作権問題は素人だが、少しだけネット上の著作権侵害対策に関わったことがある。もう15年ほど前になるが、当時はP2Pファイル共有ソフトが悪用され、音楽や動画の違法なアップロードが行われていた。P2Pファイル共有ソフトにアップロードされる違法コンテンツに混じって、悪質なウィルスがばら撒かれ、インターネット回線を圧迫する通信障害が発生していた。違法なコンテンツを収集する利用者のパソコンが次々にウィルスに感染する異常な事態に陥っていたのだ。

そして通信事業者は通信の安定運用を確保するために、悪質なウィルス対策に協力した。ウィルス対策を行うためには、この問題の根源である違法コンテンツのアップロード問題と対峙しなければならず、私はこの取り組みを通じて、ネット上の著作権問題は一筋縄では進まない難しい問題であると強く感じたのを覚えている。

P2Pファイル共有ソフトの利用者は、違法コンテンツの収集を目的にしているといわれても仕方がない人も多かった。素人目には確信犯とも思える利用者にも、表現の自由等の権利を侵害せぬよう、著作権関係団体の方々が慎重に証拠を集めて分析して、法的な手続きをすすめ、何度もアップロードを繰り返す悪質な利用者は訴訟の対象となっていたようだが、それ以外の利用者には慎重に啓発や注意喚起を行っていた事を思い出す。

その当時は動画や音楽等のコンテンツに対する「ダウンロード違法」の法律がなかったこともあり、権利侵害対策はコンテンツの違法なアップロードに限定されていたため、現在よりも著作権侵害対策が難しかったかもしれない。

いま時代は変わり、動画や音楽等のコンテンツに対しては「ダウンロード違法化」の環境が整った。そしてネット上の権利侵害はP2Pファイル共有サイトから、海賊版サイトや、海賊版コンテンツの所在をまとめた「リーチサイト」とコンテンツを格納する「ストレージサイト」の合わせ技による侵害が被害の中心となっているようだ。P2Pファイル共有ソフトよりも、影響が広範囲で調査や対策が難しいことは、関係者の意見が一致するところだろう。

今般の議論の主役であるマンガなどのコンテンツも、動画や音楽と同様に、ダウンロード違法化の法律の準備が進められている。しかし法律が出来たからと言って、著作権侵害の対策が一気に進むとは考えにくい。まず利用者への啓発をしっかり行う必要がある。また法律の副作用を小さくするためのガイドライン作成せねばならない。全てはこれからスタートする。

私は個人的にもマンガファンである。マンガは日本を代表する文化であり、ビジネスとしても大いに期待したい分野である。マネタイズとバランスさせた本当に有効な権利侵害対策とはどのように進めるべきか、著作権関係者・法律家・プロバイダがまた角を突き合わせる前に、落ち着いた議論をしっかりしていたいと考えている。

続く・・・
#このコラムは私の意見であり、特定の団体等を代表するものではない。

【著作権は、小山氏に属します】