第567号コラム:安冨 潔 会長(京都産業大学 法学部 客員教授、慶應義塾大学 名誉教授、弁護士)
題:「デジタル・フォレンジックと裁判員制度」

裁判員制度は、2009年5月21日に施行され、本年5月で10周年を迎えた。

裁判員制度は、国民から選ばれた裁判員が刑事裁判に参加し、裁判員と裁判官とが協働して裁判をすることを通して、国民の視点・感覚を裁判の内容に反映させることを制度趣旨としている。

この10年間を振り返ると、裁判員制度によって、刑事裁判の在り方は劇的に変化したといってよい。裁判官だけで行われていた刑事裁判の時代には、「精密司法」と呼ばれた供述調書に依拠した裁判であったが、裁判員裁判が実施されるようになって、公判前整理手続において争点と証拠を吟味し、公判廷では証人尋問や被告人質問を基軸とした公判中心主義の「核心司法」へと転換が図られることになった。

このような刑事裁判の在り方の変化は、裁判員対象事件だけでなく、それ以外の刑事裁判にも浸透してきているといってもよいであろう。

今後、我が国の刑事裁判がどのように運用されていくのかは、裁判員裁判10年を振り返り、その課題を総括し、あらたな制度運用につなげていく必要がある。

さて、裁判員裁判は、一定の重大事件を対象としているが、証拠として押収したコンピュータやスマートフォンなどの電磁的記録媒体に記録されている電磁的記録についてデジタル・フォレンジックを用いて解析した結果が事実認定に用いられることがある。

デジタル・フォレンジック解析結果報告書は、裁判員裁判において、被告人が起訴された犯罪事実を行ったのか(犯人性立証)、被告人がどのような犯行手口で犯行を行ったのかなどを立証するために用いられている。

以下、いくつかの裁判例を紹介する。

(1)岐阜地判平成23年1月28日は、被告人が、自殺しようと考えて、神社の社務所内に軽油をまいて放火した現住建造物等放火の事案であるが、裁判所は、犯行前に被告人が犯行をほのめかすメールを送信していること、犯行後に診察した複数の医師に対して、犯行を認める供述をしていることなどから犯人であることが強く推認され、上申書、弁解録取書の内容が信用できることも併せ考慮すると、被告人が犯人であるとして、懲役6年を言渡した。この事案では、被告人が使用していたパソコンのインターネット閲覧履歴、被告人の携帯電話から送信されたメールの内容についてのデジタル・フォレンジックによる解析結果が、被告人が犯人であることを推認する証拠として用いられている。

(2)金沢地判平成24年3月2日は、被告人は、被害者女性(当時27歳)から、株式投資名目で、現金800万円を受領したが、元金及び運用益等の支払を迫られ、その支払を免れるため、同女を殺害し、砂浜に死体を埋めて遺棄したとする強盗殺人、死体遺棄の事案であるが、裁判所は、被害者が被告人に会いに行く旨述べて外出してから遅くとも2時間以内に被告人車輌内で殺害されていること、犯行後間もない時期の被告人のインターネット検索に、被害者が殺害され海岸に遺棄されていることをうかがわせるものがあること、アリバイ工作及び偽装工作があること、被害者に支払う金員の用意ができないまま、金銭の用意ができたと虚偽の事実を伝えて、同人を呼び出したことがうかがわれることなどから、被告人は、債務の支払を免れるため、被害者を殺害するのもやむを得ないとの意思を有していたとして、強盗殺人、死体遺棄の成立を認め無期懲役とした。この事案では、被告人宅等の捜索で自宅パソコン、職場のパソコン、被告人のiPhoneを警察が差押え、デジタル・フォレンジックを用いた被告人方のパソコンのインターネット検索履歴の解析等から、犯人でなければ知り得ない事情を推認し、遺体発見の契機や犯行時刻の絞り込み、凶器の購入手口などを明らかにし、解析結果報告書が被告人が犯人であることを推認する証拠とされている。

(3)奈良地判平成25年3月5日は、交際相手の母親である被害者に対して行なった住居侵入、強盗殺人、死体損壊・遺棄、占有離脱物横領、窃盗、同未遂の事案で、裁判所は、被告人の供述や死体を異常なほど徹底的に損壊した上で処分したり埋めたりするなどの間接事実等から、被告人が被害者を故意行為により死亡させた犯人でないとすれば合理的に説明することが著しく困難であるとして、強盗殺人などを認めた上で、当初から強盗や殺人を計画していたとまでは認めがたいが、各犯行動機は、金品欲しさや強盗殺人の事実を隠すためといった利己的、自分本位のもので、厳しい非難に値するとして、無期懲役を言い渡した。この事案では、被告人が自己のパソコンから事件に関連する検索を行っていたことをデジタル・フォレンジックを用いて解析し、その報告書が被告人には故意があり、被告人が犯人であることを推認する証拠とされている。

(4)大分地判平成29年2月13日は、被告人が、死亡保険金取得の目的で、母及び妹が現住する居宅に火を放ち、全焼させて焼損し、就寝中の母及び妹を焼死させ殺害したとして、現住建造物等放火罪及び殺人罪に問われた事案で、裁判所は、火災について電気火災の可能性はなく、失火の可能性もないこと、被告人が居宅内で火をつけたと推認できることから、火災の原因が放火であると認められるとし、被告人以外の者が犯人であるとは考え難く、被告人が放火した犯人であるとし、無期懲役を言渡した。この事案でも、被告人のインターネット検索履歴をデジタル・フォレンジックを用いて解析し、火災や死亡保険金に関する情報を調べていたことを被告人が犯人であることを推認する証拠としている。

このように被告人方や関係先から押収したパソコンや携帯電話等の機器に記録されている電磁的記録や通信履歴等をデジタル・フォレンジックを用いて解析することによって、被告人が犯人であることを推認する証拠としたり、犯行の動機や手口などを解明するなど、デジタル・フォレンジックはいまや刑事事件における重要な捜査手法となっている。

もっとも、刑事裁判で、デジタル・フォレンジック解析結果が証拠となるためには、電磁的記録には、可視性・可読性がないのでそのままでは証拠とすることができないことから、デジタル・フォレンジックの解析原理が理論的に正しく、解析の具体的な実施の方法も、技術を習得した者により、科学的に信頼される方法で行われることが必要である。

裁判員裁判に限らず、情報社会における刑事裁判において、「デジタル・フォレンジック」が重要性をもつことは想像に難くないが、デジタル・フォレンジックが情報技術の進展や情報環境の変化に応じた有用なものとなるようにさらなる研究を深めていくことが求められている。

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