第583号コラム:櫻庭 信之 理事(シティユーワ法律事務所 パートナー弁護士)
題:「メタデータに関するアメリカ民事訴訟の議論」
eディスカバリに関しては、IDFの理事・関係者が複数の論考をすでに発表しており、また、町村理事は、10年前にメタデータを端緒とする改ざん判定の問題をコラム(第86号コラム)で論じられています。
その民事裁判におけるメタデータ問題が、日本と手続面で大きく異なるアメリカだけの議論ではなく、今、わが国にも新たな形になって現れつつあり、今年のIDF総会の講演では、湯淺理事が民事訴訟IT化の解説の中で指摘されました。
本コラムでは、アメリカで起きたメタデータ論争と近時の動向の概略をご紹介いたします。
2006年の連邦民訴規則改正と前後して、メタデータの扱いに関する議論が急速に進展した。アメリカの裁判でメタデータという場合、たとえば、アプリケーション、ドキュメント、eメール、エンベデッド(組込み)、ファイルシステム、ユーザによる追加、ベンダーによる追加などに分類され、プロパティ情報やメールのエンベロープ情報を包摂している。
メタデータの開示について判断したリーディング・ケースは、ウイリアムズ対スプリント/ユナイテッド・マネジメント(カンザス連邦地裁、2005年9月29日)であり、これに続くアギーラ対アイス(NY南部地区連邦地裁、2008年11月21日)である。いずれも民事の判例ながら、今年も、携帯の提出が争われた刑事裁判の被告人は自身の主張根拠としている(合衆国対マリー。マサチューセッツ連邦地裁、2019年5月6日決定)。
上記のウイリアムズ事件では、電子文書の開示要求に対し、被告がメタデータをスクラブ(削除)したスプレッドシートを開示したことの適否が争われた。裁判所は、通常の業務過程で保持された電子文書の開示を命じられた当事者は、時機に適った異議、当事者の同意、あるいは保護命令の要求がないかぎり、メタデータをそのまま伴った電子文書を開示すべきである、と判示した。
アギーラ事件では、原告がメタデータを要求する時期が遅すぎた。そのため、裁判所は、今さらその手続に入るのは本案に無関係の、費用がかかる時間浪費に泥沼化する、今後裁判に関わる弁護士はもっとESI(電子的に保存された情報)の知識をもって、こうした争いの頻度が減ってほしいものだ、と述べている。これは、ディスカバリの対象が極めて広範におよぶことに加え、秘匿特権等を除外し、関連情報のタグ付け整理が必要となることから、要求時期が遅れると、開示を求められた側に過重な労力と費用がかかることが背景にある。
セドナ会議は、ウイリアムズ事件の後、セドナ原則・同ベストプラクティスを改定し(第2版・2007年)、メタデータに危うさがあることを認識しつつ、「ESIは、紙の情報と根本的に異なっている。」「その相違ゆえに、あたかも丁度紙の文書の提出と現代的に同等であるかのようにESIの提出をアプローチすると、複雑な争点の十分な検討を誤り、特定のタイプの電子情報には最も関連性があり機能的な形式での提出の選択を誤るだろう。」とし、メタデータが、電子的に保存される記録を含むESIの範囲、真正性、完全性に役立つ文脈、処理、利用の情報を含むことを認めるべきだ、と述べる。メタデータがもつ豊富な情報は組織的、運営的観点から有益であり、組織、財政、法律、履歴などの目的から記録を信頼ある確かなものにする。権限のない職員のセンシティブ情報へのアクセスを特定し、これを阻止するには、一定のメタデータが組織の監査・追跡能力に不可欠となりうる。法的要件と良好な業務慣習を満たす情報の保存のために最良のフォーマットをよく考え、組織が、通常の業務過程でメタデータを保存する選択をするのなら、メタデータは完全かつオリジナルのフォームで証拠開示することを認識すべきである、と。
第2版発表以降、アンチフォレンジックが発展するなど、ESIを取り巻く環境が大きく変わり、セドナ会議が昨年(2018年)発表したベストプラクティスの第3版も大幅改訂となっている。第3版も、ESIは、紙の情報と根本的に異なっている、との前提から、ESIの保存と提出では、紙とは別の法的、実務的な問題を引き起こす可能性を述べる。メタデータの拡大に起因し、膨大なデータの中から関連データを見つけ出す困難を勘案し、TIFF+に焼くなどのフォーマットも、一定のサブセットのファイルや特定のファイルにとって合理的ではない可能性があり、また、ネイティブ・フォーマットでの提出の長短を理解し検討すべきである、という。ファイルの真正性に関して合理的な疑問があれば、ファイル(あるいはデータソース)のフォレンジック検査が必要な場合がある、と唱える。開示を求める当事者が必要な装置や専門性を有さず、ネイティブ・フォーマットのアクセス、検索、表示の適切なアプリケーションを必ずしも利用できるとは限らない。ESIのコピーおよび移転の容易さは、訴訟における大量のネイティブ・フォーマット提出のセキュリティの懸念をも招く。ネイティブ・ファイルにメタデータや他の非表示情報を含んで保持・提出することを怠ると、それらデータが文書の真正性判断に重要な場合に、相手方当事者から真正性を後で争う機会を奪う可能性がある、と第3版は解説する。
セドナ会議は、当事者に、大量のネイティブ・フォーマットのESIをマネージするのに必要な技術適性(資格)を有しているか、をも問う。証拠の汚染や守秘事項の不注意な開示リスクなく、ネイティブ・フォーマットのESIを扱えるだけの技術的適性を欠く弁護士は、専門家の助力を得るか、代理を断るべきだと述べる。
2017年にはアメリカ連邦証拠規則902条(14)も改正された。電子的な装置、保存媒体、ファイルからコピーされた証明されたデータは、資格者が示すような、デジタルの同一性確認プロセスによる認証があれば、真正性の外部証拠によらずに許容される、とされた。この改正趣旨について、連邦証拠規則の諮問委員会は、「デジタルの同一性確認のプロセス」の例がハッシュ値の比較であることを明示すると同時に、それ以外のプロセスの証明であっても、将来のテクノロジーが提供する信頼可能な同一性確認手段を含む柔軟なものであるとも解説する(諮問委員会ノート、2019年)。
さて、日本では2020年2月から一部の民事裁判においてウェブ会議システム利用のIT化実務が始まる予定です。ただ、電子証拠の十分な検討はまだのようです。
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