第641号コラム:辻井 重男 理事 兼 顧問(中央大学研究開発機構 機構フェロー・機構教授)
題:「暗号学者の視た理念と現実(天国からの恩師のご下問に応えて)―『楕円曲線暗号から情報セキュリティ総合科学まで』」

1.究極の本人確認―本当に自分のカードか?

Q.君は、現役の頃は、大した研究をしていなかったが、最近は、究極の本人確認等について、一寸はマシな論文を書いたりしているようだな。
A.天国から見て頂いてお恥ずかしいですね。公開鍵暗号の秘密鍵に、マイナンバー・STR(DNA)を秘密に埋め込むと言う3階層公開鍵暗号の提案等しています。デジタル庁を設置するとか、日本も遅ればせながら、デジタル化に本腰を入れる気運が出て来たようですが、いろいろ難しい課題がありますね。

Q.今朝(2020-10-25)の朝日新聞に「外国人マイナンバー誤付与 名前と生年月日が同じ」と出ていたな。
A.よく読んでおられますね。マイナンバーも本人が持って生まれた情報ではありませんしね、誤用・悪用に留意する必要があります。私は、現代暗号が始まった1980年頃、公開鍵暗号による本人確認ということがしきりに提唱されたのに対して、本カード確認に過ぎないのでは?と思っていました。要するに、カードと本人の結びつきが大事だということです。最近では、銀行口座の不正利用もあり、2要素認証等も普及しているようですが。

Q.顔認証技術も進んでいるようだな。AI技術と融合したりして。
A.美空ひばりに今の歌を歌わせたりしてますね。まだまだですが、その内、本人と騙されるようになるでしょう。

Q.真偽判定という点では、イタチごっこということか。
A.その点で注意は必要ですが、アナログ的な生体認証は、馴染めますし利用は進むでしょう。

Q.それでは、君が提案しているSTR(Short Tandem Repeat)という、センシティブな個人情報は含まないDNA情報を公開鍵暗号の中の秘密鍵に秘密に内蔵させるという方式はどうなのだ。
A.両親から受け継ぐ、固有のデジタル情報(8とか11とか)を先祖代々、繋げていくと、何兆人に一人でも、誤りなく同定出来ます。それを公開鍵に埋め込めば、私が40年前に抱いた上の課題を解消することが出来ます。

Q.本人とカードが直接結び付くという訳か。いつ頃、提案したのだ?
A.20年程前、2000年頃です。板倉さんというNTTデータ取締役だった人の学位論文にしました。国際会議に論文も発表し、特許も取りました。

Q.しかし、DNA鑑定には、時間も金もかかりそうだな。
A.そういう意味では、早過ぎましたね。公開鍵とは関係ありませんが、この3年位、警察庁でのDNAによる本人確認は進んでいるようです。未だ、1件当たり、数時間、数万円、かかるそうですが。しかし、本提案のような方式が普及すれば、早く安くなるでしょう。

Q.海外ではどうだ?
A.5年ほど前から開発が進んでいるようです。日本でも関心が広がることを期待しています。

Q.ブロックチェインが、金融だけでなく、社会インフラや行政等に普及すると、公開鍵・秘密鍵の真正性保証が益々重要になるな。
A.そうなんですよ。それほど大事ではないデータなら良いのですが、生命・財産にかかわる大事なデータに対しては、ブロックチェインは耐改竄性があるだけに、一旦、秘密鍵を盗まれて悪用され、そのまま使用され続けたら大変です。裁判にでもなった場合、「この公開鍵・秘密鍵は自分のではない。嘘だと思うのなら、唾を取って、鑑定してくれ」と証明できるようにしておく必要があると思います。

Q.デジタルフォンレンジックの本質的課題だな。そういったことも含めて、理念と現実という問題に話題を広げようか。
A.そうしましょう。

2.理念と現実

Q.さて、君が書き始めている「暗号学者が視た理念と現実―太平洋戦争からコロナまで」という本は、理念と現実を軸にしているようだが、難しい課題だな。君の能力を上回っているのではないかと案じている。
A.私自身もそう思いながら、筆を執り始めていやキーボードを押し始めています。暗号の数学的理論と歴史的視点からの理念・現実を貫くものは何かと言う興味もあるのですが、サイバー・セキュリティと言うのが、暗号の数学的理論から情報倫理・法制度・管理経営という、理念と現実が絡む総合的システムですから、私の研究課題でもあるのです。しかし、そもそも、理念とは何か、と言う言葉の定義からして難しいですね。イデア、正義、価値観等、似たような意味合いの言葉が、いろいろありますしね。

Q.内村鑑三は、「西郷隆盛は、正義を国家より重視していたようだ」と言いながら、それに同調しているように思われるが、そもそも「正義とは何か」が難しいな。正義感は時代や環境によって変わるしね。当時は、人権意識も希薄だし、平和という理念も強くなかったようだな。先ずは、分かり易い数理系の課題から始めて貰おうか。
A.承知しました。

2.1 無限大、幅の無い線等、実在するか?

Q.数理系でも、理念と現実にはギャップがあるね。宇宙には、始まりがあるとも言われているし、永遠に続くとも思われないけれど、数学的理念の世界では、無限大(∞)という記号を当然のように使って、フーリエ変換やシャノン・染谷の標本化定理をデジタル社会の技術基盤としている。
A.そうですね。フーリエ変換については、伊理正夫先生が、若いころ、「無限の過去から永劫の未来に亘って積分するのは、現実に合わない」ということで、中間領域の(有限時間の)フーリエ変換を提案されました。また、先生の高弟、岸先生は、現在の信号の大きさ(振幅値)を求めるのに、未来永劫の離散的時間の振幅値を利用するのは、理屈に合わないと、口癖のように言っておられましたが、後に、坂庭好一氏(東工大名誉教授)と共に、岸・坂庭の標本化定理を創られ、電子情報通信学会の論文賞に輝きました。しかし、両者とも、公式が複雑で、実用には向いていませんでした。岸・坂庭の標本化定理は、電子情報通信学会の論文賞には選ばれましたが、論文賞の中のトップ賞には、当時、勃興期だった公開鍵暗号の論文が選定されました。理学と工学の違いですね。

Q.周波数と言う概念自体にも、理念と現実の差が大きいね。周波数と言う言葉は誰でも使っているが。
A.厳密には、無限の過去から、永劫の未来まで続く正弦波(と言う言い方もおかしいのですが)に対して、周波数が決まるのだから、一般に使われている周波数は、数学的には、いい加減なものですが、誰も困りません。理念が天上から現実世界に少し汚れながら降りてくるが、現実には、困らないという次第ですね。ついでですが、昔、標本化定理の話を、ある数学者に話したら「実数が、離散値で置き換えられるなんて、そんな馬鹿な話があるか?」と可笑しな奴だという顔をされました。周波数帯域制限と言う前提から説明して分かって貰いました。

Q.最近、面白い本が出ているね。南米のビダハンという民族の言語には、1、2、3という数の概念がないというので驚いている。しかし、考えてみれば、1、2、3 は何処にある?ということになるね。
A.人間、1人、2人、3人・・・やリンゴ1個、2個、3個なら実在しますが、1、2、3を見せろと言われても困りますね。普通、人間は、本能的に、抽象化能力を持っているということでしょうね。

Q.しかし、リンゴだって、旨さや大きさも色々だからな。小さなリンゴ2個と大きなリンゴ1個が等価にもなる。だから、ビダハン族は抽象化しないのだとも言われている。
A.いずれにしても、普通、人間は、子供のころから、無意識の内に、帰納的抽象化能力を備えているので、1、2、3の実在性等は考えないのでしょうが、数学は、1、2、3というイデアの世界から始まるわけですね。

2.2幅の無い線と楕円曲線暗号―タレスと西田幾多郎

Q.「物理学者の言う如き、幅の無い線、厚さの無い面などというものは、実在するものではない。この点では、芸術家の方が、遥かに実在の真相に達しているのである」と西田幾多郎は、「善の研究」に書いているね。
A.「数学者の言う如き・・・」と書くべきだったのでしょうが、明治40年代ですから、数学と物理の違いは意識されていなかったのでしょうね。西田幾多郎先生は、哲学の思考に疲れると、「数学でもやって遊ぶか」と言われていたとも伝わっていますが、「先生、冗談じゃありませんよ」と言いたいですね。

Q.冗談は止めるとして、古代ギリシャでは、紀元前6世紀頃に、タレスが縄のイデア、つまり、幅の無い線という理念を提唱している。君は、近頃、「幅の無い楕円曲線の数学的実在が、物理的実在を超克して社会的実在となる」ことを、鬼の首でも取ったように、楕円曲線暗号を例にとって示しているね。
A.そうなのですよ。楕円曲線暗号は、電子ハンコ(電子認証・署名)等、デジタル社会に不可欠な公開鍵暗号で、今、話題のブロックチェイン・暗号資産等に使われています。円に対応するRSA暗号に比べて、安全性・効率性が桁違いに高いのです。

Q.楕円曲線とは、楕円のことかね。
A.楕円そのものではありません。数学の歴史を遡れば、先ず、楕円の周囲を求めるのに、楕円関数が定義されました。楕円曲線は、その楕円関数を使って定義される3次曲線です。

Q.RSA暗号の方が、早くから普及しているね。それはどうしてだ。
A.RSA暗号が発明されたのは、1970年代、楕円曲線暗号は1990年頃。マーケット支配はRSAの方が早かったのです。

Q.限りなく円に近い楕円曲線を利用したら、楕円曲線暗号も、RSA暗号並みの安全性に下がるのか?
A.そこなのですよ。「円満な人格」と「楕円満な人格」の違いには答えられませんが、暗号についてなら、はっきりお答えできます。今、地球位の大きな半径を持つ円を想定しましょう。この円に対応するRSA暗号の安全性に要する鍵長を2048ビットとします。他方、地球位の大きな半径を持つ円の横幅だけを1ミリ(ゼロでなければ、無限に小さくても良い)広げた楕円を考えましょう。両者の相違は、神の目にしか分かりませんね。このような楕円に対応する楕円曲線暗号の鍵長は、上のRSA暗号と同じ安全性を保つのに、200ビット位で済みます。

Q.ホンマかいな?
A.数学の先生に聞けば、当たり前だと仰るでしょうが、15年ほど前、中央大学の卒業研究で、シミュレーションしてみました。長径の異なる楕円を1万本位発生して、素人目にも楕円と分かる場合と、円との差が極めて小さい楕円との差を調べました。両者の安全性には、全く差がありませんでした。

Q.先程の周波数概念と違って、理念と現実の差が無いのだな。そうなると、楕円曲線暗号は、特殊な例外か?
A.それは、数の世界が狭いからでしょう。

Q.暗号で扱う世界が、大小性も連続性も問題にしないということか? 情報を漏らさないためにはその方が有利だな。
A.流石。+、-、×、÷が不自由なく出来ればよいわけですからね、有限体と呼ばれる数の世界で良いわけです。五月みどりに「1週間に10日来い」と言われても、3日行けば済むわけです。

Q.成程。君は演歌が好きだったな。
A.2020年大晦日の紅白歌合戦には、男女とも、歌謡曲歌手は4人ずつしか出ないようですね。これで、歌合戦になるのかなぁ。NHKも、若い人の視聴率UPで大変なのでしょう。

Q.どうでもよい話は、向こうに置くことして、幅の無い線を物理的に生成することは出来ないが、数学的には生成出来て、ソフトでなら計算もできるから、社会的実在として、皆さんのマイナンバーカードにも保管できるという訳か。1、2、3.・・・は、イデアの世界から、下界に卸すには、1個、2個、3個というように、具象化する必要があり、それについて計算が必要な場合には、イデアの世界に持ち上げて、1、2、3・・・で計算するということになるね。という訳で、新プラトン主義的に言えば、楕円曲線暗号は、イデアの世界から、全く汚れずに、下界に降りて来られる良い例になるね。
A.そうですね。天国で、タレスやプラトンに会われたら、御報告をお願いします。

Q.ところで、数理の世界では、一つの理念に対して、現実との対応を考えれば良かったのだが、情報セキュリティ総合科学では、自由、公共的安全、個人の権利・プライバシイという、明確な定義も難しく、相互に関連し、矛盾相克しがちな3つの理念と現実との対応を考えなければならないから大変だな。
A.それは、社会的・歴史的課題を考えるとき、常に深刻な課題となりますね。

Q.それでは、情報セキュリティ総合科学の前に、明治維新の理念について考えてみようか。
A.そうですね。討幕・明治維新を進める際、薩摩藩などの財政再建と共に、吉田松陰等の皇道理念が必要だったでしょう。その際、複数の理念が混在していると事は進みませんから、一つの理念を掲げて、突進するよりほかありません。

Q.君は明治維新が成功だったと思っているのか。
A.難題ですね。今から十数年も前、ゴルフの後の懇親会で、私が、「明治維新が成功だったのか?」と問いかけたら、怪訝な顔をしている人が多かったですね。最近は、そのようなことを問題にしている本も出ているようですが。私は、どちらかというと公武合体派ですね。公武合体では、改革は遅れたでしょうが、幕末、諸藩は財政難だったから、廃藩置県も進められたでしょうし、明治政府程、勢いよくは体制変換が出来なかったとしても、徐々に、改革は進んだでしょう。

Q. 歴史のifは、無意味という人もいるが、ifを考えてこそ、歴史から教訓が得られるのだから、続けよう。日清戦争も、西南戦争・不平士族などとつながっているようだな。日清戦争の前、「西郷死するも清の為、大久保殺すも清の為。・・・」というような歌が流行ったとも聞いている。よく分からない理屈だが、そんなムードが、民衆やメディアに広がり、日清戦争に繋がったようだ。
A.司馬遼太郎は、「明治は良かった。昭和(前期)は悪かった」と言っていますが、私は、ニュートン力学に似た慣性の法則が歴史にもあり、日清・日露戦争から、満州事変・日中戦争・太平洋戦争まで、連続性があるように思います。勿論、歴史の道は、必然性と偶然性が織りなしており、2020年、政府から日本学術会議会員に任命されず話題になった加藤陽子東大教授も、太平洋戦争を避けるチャンスはいくらでもあったと言っておられるように、太平洋戦争が不可避だったとは言いませんが。

Q.明治維新と理念の関係に話を戻せよ。
A.明治維新が成功だったかどうかはさておくとして、革命的に事を進めるときは、一つの理念を中心にせざるを得ませんが、革命が終わってからも、成功したのは、この理念のお陰だとばかり、一つの理念に凝り固まるのが良くないと思います。しかし、歴史の慣性によってそうなり勝ちですね。

Q.明治憲法をどう創るか、という問題もあったしね。伊藤博文が、ドイツの学者に相談したら、「我々は、日本の歴史を知らないのに、コメントなんかできるか?」と冷たく言い返され、7年程かけて「大日本帝国は、万世一系の天皇これを統治す」で始まる大日本帝国憲法を、井上毅等と創ったそうだな。
A.井上毅は、 憲法以前にずっと脈々とつづく日本の国体、 国柄というものを考えるべく古事記、日本書紀等を学び直したそうですね。現実的には、技術的・軍事的・経済的には西洋的近代化を進める中で、理念的には、皇道イデオロギーを重視したのが、明治から太平洋戦争迄の日本だったのですね。安藤礼二氏は「近代日本は、ヨーロッパ型の国家を目指したが、当事者として選ばれたのは、神道という宗教のトップである天皇だった。矛盾の極みともいえる体制によって、様々な問題が生じてくる。・・・」と明確に表現しておられますが、現実と理念の相克が大きかったのが、明治から太平洋戦争までの日本だったと言えますね。

Q.大正デモクラシーもあったのだし、もう少し、いくつかの理念を闘わせればよかったのだが、昭和の初めは、世界的経済不況も影響して、国粋主義が強力になってしまったということか。経済不況という現実は大きいね。ヒットラー政権の誕生も、第1次大戦の賠償金が多すぎたことが影響しているしね。
A.戦後、GHQに日本が提出した新憲法草案は、明治憲法の理念とあまり変わらず、「天皇これを統治す」だったようですね。

Q. 複数の理念を闘わして、良い現実解を出すのは難しいな。さっきも言ったように、君の課題、情報セキュリティ総合科学も簡単ではないな。
A.そろそろ、そちらに話題を移しましょうか。

Q.君は、この20年程、情報セキュリティについて、三止揚(Drei Aufheben)という理念を提案し,それをMELT-UPに依って現実化しよう等と、大きなことを言っているが、ヘーゲル哲学等をきちんと勉強したのか。
A.とんでもありません。ヘーゲルの論理学と付き合ったために、一生を棒に振ったと悔やんでいる哲学者が何人かいると聞いています。5回位、人生を送れたら、その内、1回は、哲学・倫理に充てたいとは思いますが、実際には、とてもそんな時間はありません。私の言う止揚は、哲学用語ではなく、ドイツの下宿のおばさんの言う意味です。

Q.何だ、それは? あぁ、あのことか。我々年寄りは良く知っている笑い話だが、若い人のために、後で説明して貰うとして、君は、最近、珍しく入院していたのだって?
A.そうなんですよ。急性胆肝炎で、8月1日~16日、都立広尾病院に入院しましたが、お陰様で全快しました。しかし、このコロナの時期、入院すると大変ですよ。先ず、PCR検査に3日間、コロナの疑いが晴れてから、コロナゼロ病棟へ移動という状況でした。先生もお気をつけ下さい。いや、天国にはコロナはありませんでしたね。

Q.コロナで、経済活動と安全性の両立が難しくなっているようが、入院中に感じたことがあるかね?
A.担当の先生も、多くの看護師(全部、看護婦)さん達も、実に、良く面倒を見て呉れました。皆さん、忙しく、廊下を小走りでした。そんな中で、経済活動の自由と安全性の矛盾をどうすれば低減できるかについて、考えさせられました。

Q.具体的には?
A.政府は、GOTOトラベルとか奨励してましたね。タイミングも悪かったし、政治的な思惑もあったのでしょうが、経済と医療・介護の両立を狙うべきだったと思います。コロナ禍が過ぎても、半永久的に大事な社会基盤への投資だと思いました。

2.3三止揚・MELT-UPとは?

Q.先程の話に戻るが、先ず、ドイツの下宿のおばさんの話から聞かせて貰おうか。
A.時は、第一世界大戦(1914~1918)が終った頃、日本は、うまく便乗して戦勝国。ドイツは敗戦国。円高・ドイツ貨幣安。まだ、30才になった頃のハイデガー(1889~1976)を家庭教師に頼めた時代です。日本のある青年が、ヘーゲル哲学を勉強すべく、気負い立ってドイツのある下宿先に着き、「よいしょ」と荷物を下ろした途端、おばさんから、「一寸、その荷持、Aufhebenしてよ」と言われて、ガックリしたという、よく聞かされた話です。Aufhebenは、ドイツ語の辞書には、「持ち上げる」と言うような日常的な意味と、哲学用語としての「止揚」が出ています。 私は、三止揚を、三者(自由、公共的安全性、個人の尊厳・権利・プライバシー)をできるだけ高く、同時均衡的に持ち上げるという意味に、勝手に使っています。

Q.全く勝手だなぁ。ヘーゲルを直接読む時間は無くても、「京都学派(菅原 潤著)」位は読んだのだろうな。
A.あの本は、一応読んでいます。その中に、3つの理念を止揚することの哲学的な難しさも説明してありますね。

Q.3つの理念と言うが、先ず、自由って、何だ?
A.講演会などで、ウッカリ、「自由」と口にすると、「自由って、何ですか。自由の定義は200位ありますよ」と反論されたりします。ヘーゲル哲学の大御所、加藤尚武先生に「自由とは?」とお尋ねしたところ、「利便性・効率性だ」と言われました。技術屋向けの回答かと思いましたが、私は、情報セキュリティ分野で仕事をしているので、「情報技術による、利便性・効率性の向上、つまり、情報処理・保管・伝送・表現能力等の拡大を、自由の拡大と呼ぶ」ことにしています。

Q.ところで、日本では自由という言葉は、いつ頃から使われたのだ。
A.私も知りたいのですが、分かりません。14世紀、建武の中興に失政した際、京都の街の落書に自由狼藉というように、悪い意味で使われていたと聞いていますが。

Q.まぁ、いいだろう。公共的安全性、個人の尊厳・権利・プライバシーも、定性的な定義でやるより仕方がないか。コロナ禍の中、1人、10万円貰える権利とプライバシイの両立が難しいから、綺麗に整理出来ないという前提で、考えるという訳だな。
A.そうですね。3つの理念も互いに独立な訳ではなく、個人の尊厳・権利には、当然、個人の自由も含まれますしね。プライバシーについても、個人情報保護法の先導者、堀部政男先生も、「プライバシーは法制度化出来ない」と言っておられたように、プライバシー感覚は、国民により、個人によっても違いますしね。EUは、プライバシィに厳しいようですが、スェーデン等では、お隣の収入・税金等、知っているのが普通だとも聞いています。

Q.数学系のイディア・理念のように、明確な定義が出来ないのは仕方無いとして、それらの理念を、どうやって現実化するかが、次の課題だな。それに就いても、MELT-UPとか言っているようだが。
A.MELT-UPとは、Management、Ethics、Law and Technologyですが、これらを、PDCAのように、相互に連携・循環させて、三止揚の高度均衡性を向上させようという訳です。私が提案している「究極の本人確認」等を例に、後程、お話します。

Q.天国ヘ来る前にやってくれよ。
A.先生のように天国ヘ往けるかどうか、分かりませんが、やってみましょう。

付記。

以上は、2020年9月1日~10月16日迄、On Line開催した、ジャパンセキュリティサミット2020(JSS2020)で私が話した原稿の一部です。JSS2020 は、セキュアIoTプラットフォーム協議会(理事長辻井重男)が運営を担当したサミットで、NEC遠藤会長を初め、官産学から多数の方に、講演・発表を頂きました。特に、産業界の多くの企業からの活動報告とアピールは、ご参考になると思います。こちらに公開しておりますので、ご覧下さい。

また、私は、シニア・女性たちの活動の場を広げるべく、2018年から光輝会を開催してきましたが、今年度は、JSSの一環として、9月23・24日、10月6・7日の4日間に亘り、日本学術会議会長 梶田隆章博士や若宮正子さん、吉岡忍日本ペンクラブ会長等、そして福原紀彦中央大学長など、多彩な方々に登板頂き、好評でした。これも、こちら(上記サイトと同一)に含まれてありますので御覧頂き、今後ともご注目下さい。

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