第683号コラム:櫻庭 信之 理事(シティユーワ法律事務所 パートナー弁護士)
題:「民事訴訟IT化の書証に関する日弁連の意見」

 Webデザイナーにとって基本となり不可欠なパソコンの機能のひとつに、Webブラウザのデベロッパーツールがある。開発ツールやインスペクターなどともいわれ、ご存知の方も多いであろう。よく使われている某ブラウザの場合、F12や、Ctrl+Shift+Iで表示され、手っ取り早くは、スクリーンを右クリックして出てくる「検証」から開くことができる。そこで出てきたElementsパネルでは、HTMLの作文も、CSSの見た目のデザインも自由に編集できる。開発者のツールの呼び名ではあるが、特別なソフトウェアを必要とせずに、誰でもパソコンを使ってWebページもメールも簡単に編集できる。メールは、ヘッダー情報をそのままにして本文やエンベロープの編集が可能であるだけでなく、ヘッダー情報自体の編集も可能である。

 ところで、民事裁判では、電子ファイルやメールなどを証拠として提出する場合、裁判の当事者は、紙のプリントアウトを裁判所に提出している。現在進められている法改正の審議では、プリントアウトではなく、フォーマットを変換したデータなどでの証拠提出が検討されている。

 デベロッパーツールで編集されたデータが証拠提出された場合、裁判所や相手方は、どのようにしてその不正を見破ることができるであろうか。編集といえば聞こえは良いが、裁判に提出する証拠となるとそれは「改ざん」である。デベロッパーツールが使われた証拠の改ざんの見破り方は各種あるが、シンプルに考えると、大別して2つのアプローチがある。

 1つは、提出されたファイルの見た目やテキストから不正の有無を調べるアプローチである。この場合、証拠にはない外部情報との合わせ技で不自然さを指摘することもある。ただ、裁判所に改ざん証拠を提出する者は慎重に工作してくるであろうから、文面だけから不正を感じ取るのは非常に難しい。相手方当事者もアクセスできるようなサイトや、相手方がメールのccに入っているデータへの加工は不正者は避けるであろう。そうなると、見てばれるような、いわば考えの浅い手抜きの改ざんでもしないかぎり、文面だけを見て改ざんを見破るのは普通は無理である。民事裁判IT化の問題を話す機会が時々あるが、文系特有の理屈が色々あるので、まずは、デベロッパーツールを使った編集済み電子証拠の実物を見せることにしている。そこで、電子証拠がまともに改ざんされると、いかに見抜くことが困難かを実際に体感してもらっている。提出する弁護士自身も、裁判所への提出を求められて渡された証拠が加工されたものと(気づいて出したのなら大問題だが)気づいていないのではないかと想像される。罰則による改ざん抑止策をとっても、コンテンツだけを見ての審査では機能するはずがない。

 そのため提出された電子証拠自体をみても普通はわからないので、もう1つは、提出されたデータではなく、証拠提出されたデータの格納元の原本情報を直接みるアプローチである。当事者は証拠提出の際、格納元からデータを取り出してきたのであるから、格納元はそこにある。オンラインシステムを使えば、わざわざ記憶装置を裁判所に持参させる必要もない。デベロッパーツールで本物そっくりに改ざんされても、再読出しすれば原データが現れる。クラウド管理のデータも同じである。それを、原データを確かめることなく、提出された電子証拠の写しを原本として扱ってしまうとどうなるかはもうお分かりであろう。

 日本弁護士連合会は、今年(2021年)3月、民事裁判IT化の法改正について下記の(1)~(4)の内容の意見書を法務省に提出している。
 (1)改ざん、棄損等を抑止し、その検証を容易にするため、電子証拠の申出者に対し、原電子文書が記録されている電子計算機のファイルから抽出した電子文書と証拠提出された電子文書の同一性を検証するための関連情報(例えば、電子署名、タイムスタンプその他の2つのファイルのハッシュ値、双方のメタデータ、原電子文書の作成時に作成者が操作した媒体(コンピュータ内蔵のHDD、SSD等の記録媒体)が自動記録したログその他の原本情報等)を、電磁的記録の提出と同時に、少なくとも相手方が求めたときは、これらの関連情報の提出と再生を可能とすることを義務付けるなどの方策を設けるべきである。
 (2)これまで文書の証拠調べでは、文書の提出と同時に裁判所及び相手方が紙の製造時代、紙質及び色彩等、筆跡、印影等の情報に接することで、原本性の判断材料を得られてきた。電子文書では、前記の関連情報がこれらに匹敵する。
 (3)提出を義務付けても申出者に過度な負担を強いるものではない。
 (4)裁判所は、フォレンジック・エンジニアの支援を受けつつ、オンラインにより、申出者が管理する記録媒体にアクセスし、原本情報を確認することも可能である。

 提出された電子証拠は本当にその当時から存在するのか(事後に作出されたものではないか。)、記載されている作成者の考えや認識は作成時のままに保たれているか(一部改変されていないか。)の、存在と成立真正を、証拠の特性を踏まえて電子証拠にあてはめると上記の日弁連意見の方向になる。

 上述のデベロッパーツールが使われた場合は、更新ボタンのクリックだけで原データが戻ってくるが、電子証拠の改ざん方法は多様にあるので、書証となるドキュメント等の作成者が操作したデバイスを直接みて真正かどうか確かめるのが基本となる。これを新たに条文で定めるとしたら、例えば、元々デジタルデータの状態で作成された電子証拠を書証(証拠資料は作成者の考えや認識)として証拠提出する場合には、作成者が作成に使ったコンピュータが格納している原本データを含む原本情報を格納状態と共に、現物をまたはオンラインシステムを通じて直接提示しなければならない、との趣旨の規定になる。あとはそのバリエーションである
(IDF第632号コラムで中国の最新の民事訴訟規則を紹介しているのでご参照頂きたい)。今回、フォレンジックツールを使った高度な真正チェックの方法を本コラムで述べていないので、フォレンジックの技術専門家からは、その技術は入門編すぎて、「デジタル・フォレンジック」で括るのはよしてほしい、と言われるかもしれない。DFで括るかどうかはさておき、現行民訴実務を改良するには現段階ではちょうど合ったレベルと思われる。

 ちなみに、デベロッパーツールを使ったHTMLやCSSの変更については、書籍名に、超初心者のための、と付いた、中学生・高校生向けのWeb作成コンテストの認定教科書に、このツールは大変便利である、利用者の好みで変更できる、とやさしく説明されている。将来情報技術者を目指さない未成年たちを含め、中高生たちは、デベロッパーツールを、実際に手を動かして学習している。これを法曹界だけが鑑定と称して特殊扱いすることには違和感がある。

【著作権は、櫻庭氏に属します】