第793号コラム:伊藤 一泰理事(近未来物流研究会 代表)
題:「ハチ公生誕100年に思う 

最近、世の中が騒がしい。何か嫌な気配がしてゾクゾクする。 過去の因縁・怨念が最悪な状況を想起させたり、安定的と思われたものが 容易く瓦解したり、リアルかフェイクか戸惑う映像が現れたり、 将来の生活に一抹の不安を覚えることが続いた。 不安にされる要因は以下の三つである。

◆1
中東「ガザ地区」では、イスラム組織ハマスへの報復作戦を続ける イスラエルが今にも地上侵攻に突入しようとしている。そもそも、約2000年前にユダヤ人がパレスチナを追い出され、世界各地に散ったことから始まる長くて深い怨念がある。 1948年のイスラエル建国に伴う第1次中東戦争から75年。今また ハマスとイスラエルの軍事衝突が勃発した。すわ、第5次中東戦争かと思わざるを得ない。 イスラエルは「天井のない監獄」と称されるガザ地区を完全封鎖し、 食料や水やエネルギーなど生活必需品の供給を遮断したため ガザ地区では人道的な面から懸念が高まっている。 中東情勢がいっそう緊迫化するとの警戒感が高まり、世界経済に影響が 出ている。オイルショックの再来さえ懸念されている。

◆2
50年間、安定的な稼動をして、鉄壁のシステムだと思ってきた「全国銀行 データ通信システム(全銀システム)」において、 2023年10月10日に大規模なシステム障害が発生した。1133の金融機関が参画する巨大な決済インフラだが、 その不具合の復旧には2日間を要した。 個々の金融機関のシステムと全銀システムをつなぐ中継コンピューター の更新作業が上手くいかなかったようだ。日本の金融システムの根幹である 全銀システムのトラブルは、かつて金融機関に勤務していた筆者にとって、他人事と思えず背筋が寒くなる気持ちであった。 詳細は下記の日経クロステック(2023年10月23日)の記事をご覧いただきたい。

https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/mag/nc/18/020600011/101800142/

◆3
「おーいお茶」で有名な伊藤園が 日本で初めてAIタレントのCMを始めた。CMだけなら、まだ良い。 CGと同じ感覚で眺めていれば良い。 いずれは、映画やドラマ、さらにはニュースを伝えるアナウンサーに AIが進出するであろう。その方がコスト的にメリットを享受できるからである。 テレビに、リアルな(生身の)人物とAIにより作られた人物とが混在して、区別がつかないことになるかもしれない。 だったら、字幕でAIの旨を注記してほしい。 ビジネスには、Q&A対応に生成AIを使ったチャットが登場した。社内規程やマニュアルなどの文書ファイルをアップロードするだけで、チャットボットの学習に欠かせないQ&Aデータを自動生成することが可能 となっている。 AIチャットなら、デジタルの中にリアルに活動している(仕事をしている) 実感があるのかもしれない。しかし、一日中AIとしか対話しないことに なっては味気ない。

そんな中で、ちょっとホッとする話題を一つ。 皆さん渋谷駅のハチ公像についてはよくご存知だと思う。 今年は、ハチ公が生まれてから100年だという。 ハチ公生誕100年に当たって、渋谷区が様々なイベントを 開催している。区政の問題が山積している中、不都合なことから 目を逸らさせ、区のイメージアップを図る狙いがあるのかどうか知らないが 渋谷区は、何でもハチ公を使いたがる。 渋谷区のコミュニティバスが「ハチ公バス」という名前で区内を走り、 区民の生涯学習のために「ハチコウ大学」という制度を開設している。 生誕100年に関わる区の思惑は別として、ハチ公は区民から愛されているのは 事実である。

たかが100年されど100年。ハチ公が生まれ育ったのは大正時代だ。 大正時代は、1912年から1926年までの15年間と短い。 比較的に平和で落ち着いた時代と思われており、 大正デモクラシー、大正ロマンなどの言葉が生まれた。

筆者の亡父は、大正13年生まれで幼少期に秋田市で昭和恐慌を経験した。それまで比較的に裕福であった家が、急に貧しくなって、戦争に突き進む時代を過ごしてきたという。100年前のことだが、親から子に時代の空気が伝えられる。さらに、個人的なことだが、筆者は小学校3年〜5年の期間 秋田県大館市に住んでいた。ちょうど1964年の東京五輪の前後だ。日本は、高度成長という急階段を駆け上っていた。その頃は、渋谷という場所など全く馴染みがなかったが、今は渋谷区住まいなので、勝手にハチ公のヒストリーに自分を重ねている。

ハチ公については知っているようで知らないことが多い。 筆者が今回初めて知った事実は以下の三つである。

◆1
はじめから忠犬として人気者だったというのは間違いである。 飼い主の上野英三郎博士が死んだ後、しばらく不遇だった。 その後、博士宅に出入りしていた植木屋(小林菊三郎)に引き取られる。 渋谷駅に通っていたのは、この植木屋の家にいた頃である。 渋谷駅に元の飼い主探しに渋谷駅に通うようになるのだが 最初の頃は邪魔者扱いされて、随分とひどい目にあったという。 見かねた人が(注1)が東京朝日新聞に投書して 昭和7.10.4付けの新聞で写真入りの記事になった。(注2) ハチは天下の忠義者となって一躍人気者(人気犬)になった。

◆2
渋谷駅の像が建立された時ハチ公はまだ生きていた。盛大な除幕式が挙行され、祝辞には、東京鉄道局長の名前が上がっている。また、寄付集めのため、昭和9.3.10に 日本青年館で開催された「忠犬ハチ公の夕」には3000人が集まったと報じられている。このイベントにハチ公もリボンを付けて出席している。

◆3
忠犬という言葉は危険だ。「忠君愛国」のイメージ戦略に担ぎ出されたハチ公は、軍国主義化が進んでいく中、実際に修身の教科書に「恩を忘れるな」というタイトルでハチ公の半生が記載されている。 子供にとっても分かりやすいストーリーなので利用されることとなったのであろう。

しかし、これらのことは、どうでも良いことだ。 ハチ公が実際に渋谷駅に飼い主を探して待っていたこと、 国家の思惑とは別に人々から愛されていることは間違いないことだ。

 注1:斎藤弘吉 絶滅が危惧される状況にあった「日本犬」の保存活動をした愛犬家。 昭和3年5月、「日本犬保存会」を立ち上げ日本犬の調査活動を行なっていたが、 その活動中に偶然、秋田犬ハチの存在を知る事となる。 東京朝日新聞に寄稿後、渋谷駅前のハチ公銅像の製作建立に尽力した。

注2:東京朝日新聞の記事が広く知られているが、それより早く別の新聞に 掲載されていたとする見解(後掲「秋田犬」宮沢輝夫)もある。

 100年前、関東大震災のときは、ラジオ放送も無かった時代だ。 信頼できる情報には限りがあり、口コミによる伝聞が人々の情報源となっていた。 様々な情報が交錯し、何が真実で何が偽の情報なのか確認するすべがなく、 訳が分からなくなって混乱状態だったと思う。より真実に近い情報を探して、できるだけ多くの人に尋ねる 真偽が交錯する情報に惑わされている状態だから、 本当に何が本当で何が嘘か分からないのだけど、今また、SNSなどに形を変えて、真偽不明の情報や 為にする偽情報(フェイクニュース)が溢れている。 混乱の情報の海を泳いでいくには、情報リテラシーを涵養しなければならない。 AIが作った人がリアルな人より、信頼を得てしまうこともある。特定の情報に依存させようとする悪意ある「企て」だってある。 混乱した状況を作り出し「誰か」に依存するよう仕向けるのは、そんなに難しいことではないようだ。 宗教的なマインドコントロールによって洗脳される事案は 悲惨な結果を招いている。 代替食品(フェイクの肉や魚)が 3Dプリンターで作られている。 1973年10月の第1次石油危機(オイルショック)から50年。当時、大阪・千里ニュータウンのスーパーでは、 トイレットペーパーを求める大行列ができた。

 柳田邦男は「トイレットペーパー騒動の根底にあるのは、世界情勢であり、軍事的・経済的な危機」と言った。騒動の土壌は50年後の今もある。 『不安感』が、人々の間に広く存在していたことは、パニックが発生するのに絶好の土壌を形成していた。 理性的・論理的判断よりも、直感力や感性による情緒的な判断が 幅をきかせる。「いいね」のひと言で世の中が動かされてしまうのは恐ろしいことだ。

対策としては、情報リテラシーを鍛えることが重要だ。 情報に関する基礎体力が必要だ。リテラシーを維持しさらに向上させるためには 不断の努力が必要だ。変な喩えだが「週3ピラティスで体幹を鍛える」的な地道な努力を続ける必要があると思う。

話はハチ公に戻るが、今年8月22日から10月9日まで、白根記念渋谷区郷土博物館・文学館 で「ハチ公生誕100年記念展」が開催された。 初公開のハチ公写真があるとのことで、足を運んでみた。飼い主の上野博士が亡くなってからも渋谷駅まで朝夕出掛けていたことは誰でも知っていることだ。その時代の渋谷は、まだのどかな田舎だった。 自動車の往来や人通りが多い現在の渋谷とは大違いだ。乗降客が多い現在の渋谷駅では、犬が改札口付近で飼い主を待つのは大変だ。心地よい秋晴れの中で、100年前の渋谷の駅頭が、

Virtual Screenに浮かんで消えた。

主な参考文献
・「秋田犬」宮沢輝夫、文春新書
・「忠犬はいかに生まれか」飯田操、世界思想社
・「忠犬ハチ公物語」千葉 雄
・「特別展ハチ公」白根記念渋谷区郷土博物館・文学館
・ 柳田邦男さんが語るトイレットペーパー騒動 50年前の土壌は今も

https://www.asahi.com/articles/ASRBH6QC0RBHPTIL002.html

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