第801号コラム:安冨 潔 理事・顧問(慶應義塾大学、渥美坂井法律事務所)
題:「デジタル・フォレンジック研究会設立20周年を振り返り」

1 はじめに
特定非営利活動法人デジタル・フォレンジック研究会は、IT機器・技術の進歩による社会の情報化が急激に進展に伴い、様々な情報セキュリティ上の課題が顕在化するいっぽう、インシデント発生時における早急な原因究明と対策が求められるようになってきたことから、2004年8月23日にデジタル・フォレンジックの普及・啓発を目指して設立されました(特定非営利活動法人「16 生都管法特第2012号」として認証されたのは、2004年12月15日付でした)。

2 研究会の設立
 本研究会設立当時、「デジタル・フォレンジック」という言葉はほとんど知られていませんでした。
デジタル・フォレンジックという言葉が使われるようになったのは、2000年頃に米国の連邦捜査局(FBI)で用いられたのが嚆矢だそうです。
フォレンジック(forensic)というのは、「法定の」と訳されますが、forensic medicine(法医学)やforensic science(犯罪科学)などと使われることはありました。
ITの分野では、1980年代から欧米でコンピュータ犯罪が増加しはじめたことからコンピュータ犯罪捜査に法科学的技術を用いられたことでコンピュータ・フォレンジックという言葉は用いられていましたが、本研究会が設立された2004年頃では、わが国でデジタル・フォレンジックを知る人は限られていました。
 しかし、情報社会の発展にともない、情報システム及び情報通信ネットワークが社会的インフラとして日常生活に不可欠となり、個人情報漏洩や訴訟対応等のインシデント・レスポンスやコンプライアンス等への関心の高まりもあって、デジタル・フォレンジックへの重要性に着目されることとなりました。
 こうして、本研究会が設立されるに至ったのです。

3 研究会の活動
 デジタル・フォレンジック研究会は、社会の変化を踏まえて、安全・安心な情報通信社会の健全な発展に寄与するために、より専門的な検討を進めるために8つの分科会を設けてそれぞれの分野でのデジタル・フォレンジックの知見を深めてきました。そのほか、IDF講習会を行いデジタル・フォレンジックに関心抱く方々にフォレンジック技術等の研鑽を積んでいただくなどするとともに、デジタル・フォレンジック資格認定制度などを設けて、デジタル・フォレンジックの普及・促進を図ってきています。
 なかでも、デジタル・フォレンジック研究会ワーキンググループの作成にかかる「証拠保全ガイドライン」は、わが国におけるデジタル・フォレンジックに関する指導的役わりを果たすものといってよいでしょう。この「証拠保全ガイドライン」は、デジタル・フォレンジックの基礎となるナレッジを整理したもので、逐次改訂されており、研究会のホームページで公開しているので是非ご参照いただきたいと思います。

4 先端技術等の悪用により深刻化する現代社会における脅威と対策
 近年の技術革新は、様々な面で国民生活の利便性を向上させていますが、他方で、犯罪者等が先端技術等を悪用することにより、サイバー空間における脅威は極めて深刻な情勢となっています。
 不正アクセスをはじめとするいわゆるサイバー犯罪だけでなく、殺人や強盗などの重要犯罪や特殊詐欺等でも、情報通信機器が利用されることが少なくなく、証拠の収集にデジタル・フォレンジックが活用されていることはいうまでもありません。
 そうした状況にあって、いわゆるAI(人工知能)の進展は、デジタル・フォレンジックの分野でもeディスカバリやフォレンジック調査を通じて訴訟等の支援に利活用されてきており、膨大なデータの処理・分析にあたってその技術は有用な手段となっています。もっとも、デジタル・フォレンジックにおけるAIの利活用にあたっての課題や限界はなお一層の検討が必要ですが、「第20回デジタル・フォレンジック・コミュニティ2023 in Tokyo」では、幅広い分野の専門家が参加して踏み込んだ議論がなされました。その成果を活かして今後の研究や実務運用が発展していくことを願うばかりです。

5 おわりに
 情報通信技術の進展によりインターネットという社会インフラストラクチャーが構築され、「サイバー空間」において、さまざまな先端技術の利活用やサービス提供がなされています。他方、コンピュータ及びネットワークに対する侵入・改ざん・情報の不正取得・サービス妨害などのいわゆるサイバー攻撃が地球的規模で行われ、サイバー空間における脅威は増加傾向にあります。
 「サイバー空間」は「フィジカル空間」と一体となってサイバー社会を形成しています。サイバー社会が自由、公正かつ安全であるためには、サイバー空間における潜在的な不確実性に留意しつつ、さまざまな脅威に対するサイバーセキュリティの確保が求められています。そのためデジタル・フォレンジックの果たす役割は重要です。
 デジタル・フォレンジック研究会が発足してこれまでを振り返り、これまでの研究成果を踏まえて、デジタル社会における先端技術等の健全な利用のためにデジタル・フォレンジックについての研究をさらに深め、本研究会の設立目的であるデジタル・フォレンジックの普及・啓発に貢献できることを願っています。

【著作権は、安冨氏に属します】