第814号コラム:須川 賢洋 理事(新潟大学大学院 現代社会文化研究科・法学部 助教)
題:「生成系AI前夜までの著作権議論をまとめる~その2:文化庁報告書を読んで~」

 前回778号(https://digitalforensic.jp/2023/07/17/column778/)の続きとして、生成系AIの著作権問題についてもう少し解説してみたい。と言っても今回は私見ではなく、著作権の管轄官庁である文化庁の見解を紹介したい。前回、コンピュータ創作物に関する報告書は平成5年(2003年)という大昔に出されたものである紹介したが、この度、文化審議会著作権分科会が『AIと著作権に関する考え方(素案)』という報告書案を出した。パブリックコメントを令和6年(2024年)1月23日~2月12日に募集し、それを踏まえて加筆修正したものが『AIと著作権に関する考え方について(素案)(令和6年2月29日時点版)』https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoseido/r05_07/pdf/94011401_02.pdf
として、本稿執筆時点の最新版として公開されている。
 といっても本報告書も法的拘束力のあるものはなく、あくまでもこれまでの議論をまとめた上での見解を述べたもので、「生成AIに関するものに限らず、著作権法の解釈は、行政規制のように行政がその執行に当たって何らかの基準を示すといった性質のものではなく、本来、個別具体的な事案に応じた司法判断によるべきものである。(同報告書素案2頁)」としている。そのため、報告書もその多くのページをAIに限定せず、伝統的な著作権の解釈の解説に割いている。
 その上で、(これもまた自然な流れであるが)AIと著作権に関する論点を、(1)開発・学習段階、(2)生成・利用段階、(3)生成物の著作物性、(4)その他、の4つに分類して整理している。
 開発・学習段階の論点としては前回778回コラムでも紹介した「著作権法30条の4」に記載された権利制限規定に関する議論を述べている。そのほとんどは既存の解釈の延長線上にあるもので、現時点ではあくまでケースバイケースであることを示唆している。筆者が面白いと思ったのは、112条(差止請求権)に基づいて、AI学習に際して著作権侵害が生じる蓋然性が高いといえる場合に、将来のAI学習に用いられる学習用データセットからの除去請求が認められ得ると考えている(29頁-30頁)点であろうか。
 生成・利用段階での議論に関しても、従来同様に、「類似性」や「依拠性」に基づいた検討を行っている。すなわち、AI利用者がどのような立ち位置にいたかによって、権利侵害者であるか否か等を判断する考え方となっている。そして、生成AIに対して生成の指示をする際のプロンプト入力は原則として30条の4の適用がされるが、「生成AIに対する入力に用いた既存の著作物と類似する生成物を生成させる目的で当該著作物を入力する行為は、生成AIによる情報解析に用いる目的の他、入力した著作物に表現された思想又は感情を享受する目的も併存すると考えられるため、法第30条の4は適用されないと考えられる。(37-38頁)」と明言している。この点も今までの法解釈からの自然な考え方であると言えよう。
 生成物の著作物性に関しては、”もし生成物が著作物であるとされた場合には”その著作権が誰に帰属するかという議論に行き着くわけであるが、この辺りの思考・検討のプロセスは平成5年のコンピュータ創作物の報告書とさほど差異がないように感じる。すなわち、原則的にはAIを利用して著作物を創作した人が当該AI生成物の著作者となり、あとは寄与具合などに応じて状況に応じて考えるというものである(39頁-40頁)。報告書でも「AI生成物の著作物性の整理については、AI生成物が著作権法による保護を受けるのかといった観点より、生成AIを活用したビジネスモデルの検討に影響を与えうるほか、AI生成物を利用する際に著作権者に許諾をとる必要があるのかといった判断に影響を与えうるものであり、その意義や実益はあると考える。(30頁)」といった書き方をしており、この問題は実のところビジネスの話であるということをはっきりと示唆している。
 その他の論点としては、学習元データの著作権者へ対価還元については、「著作権法で保護される著作権者等の利益が通常害されるものではないため、対価還元の手段として、著作権法において補償金制度を導入することは理論的な説明が困難であると考えられる。(41頁)」ことなどが記されている。
 これらを踏まえて報告書は「今後、著作権侵害等に関する判例・裁判例をはじめとした
具体的な事例の蓄積、AIやこれに関連する技術の発展、諸外国における検討状況の進展等が予想されることから、これらを踏まえて引き続き検討を行っていく必要がある。(42頁)」と締めくくっている。そしてその際に、著作者人格権や著作隣接権の検討、ライセンス実施や海賊版問題、民間自主ルールなどといたことへの考慮もあわせて必要である旨を述べている。我々も同様にこれらを俯瞰したうえで、今後のAIの著作権問題を考えていきたいと思う。

【著作権は、須川氏に属します】